<   2018年 12月 ( 2 )   > この月の画像一覧

瀧口修造が3回続いて出てきた話

朝、家族と、最近○○(芸能人とか)見ないよね?と話すと、その日の夜にテレビに出てきたりすることありますよね。あれなんなんでしょう?
最近、私が続けて聞いた名前が瀧口修造。それまで知らなかったというか、夏に一度見た名前なのに覚えていなかった、、、前提が恥ずかしい、、、汗

最初は、世田美のムナーリ展の学芸員さんのレクチャーを聞いたとき。ヨーロッパでは芸術家とはなかなか認識されず、近年再評価が進みつつあるというムナーリが、日本では比較的早くから紹介され人気が高いのだそうです。そのきっかけは50年代に国内のデザイン雑誌で取り上げられたこと、そして美術評論家である瀧口が早くからムナーリを評価したことが影響していると考えられるのだとか。瀧口は58年にはムナーリに会っているのだそうです。私のその時のメモには「美術評論家」と書いてある。
次が、先日、銀座のギャラリーで桑原弘明さんの展示を観に行ったとき。数点ある新作のうちの、桑原さんご自身がレクチャーしながら見せて下さった作品のタイトルが「淋しい故に我れ存在する」とあり、これは、、、と伺うと「瀧口修造の詩の一説だ」とのこと。何か聞いたことある名前だけど思い出せない。。。とここでも深く聞けずにもやっと印象に残っただけ。
3回目が、その後すぐに行った横浜美術館の企画展版画家の駒井哲郎展でした。人の目をモチーフにした「夢」の連作についての解説に「詩人の瀧口修造が特に高く評価した」と記載があり、やっと全部が繋がった。
そして、スコープ(小箱の中の造形を片目でレンズ越しにのぞき見る形式の作品)作家の桑原さんが、駒井哲郎の目を評価したという瀧口とつながった。

スコープのタイトルのあの一説がどのような詩に収められているのか気になってググったら、今年の9月まで、竹橋の近美で「瀧口修造と彼が見詰めた作家たち」という企画展をやっていたことが分かった。そうか~。ぐるっとパスを買ってあれこれ物色していた時にこの名前を見たのか。ちょっと気になりつつもやっているうちに行けなかったあの展示、、、あ~見ておけばよかった。なぜなら、ムナーリ展も、駒井哲郎展もすっごく良かったのです。

ムナーリには軽やかなユーモアがあり、そして見る人を心地よくさせるリズムがある。オイリュトミー(善なる律動)があるのです。すごく世田美らしい企画展だなと思います。で、今オイリュトミーの講座を受けたときのメモを見たら、影響を受けた人たちの中に瀧口修造と書いてある!あれは確か5月だったかな?そんな前からこの名前に出会っていたのか。。。

駒井さんの版画には、深遠なる沈思黙考の痕跡が見えつつも、やはりどこかにユーモアがあり、善きリズムがあるように感じました。銅版画の数々の技法は、それぞれが熟練した技術や経験を必要としながら、偶然性も併せ持った表現であり、その偶然性をコントロールしようと作家は格闘しながら、その偶然性に自らが触発され作品が進化していく。駒井の作品は、新たな技法を獲得するたびに表現が変化していくのに、どの時代の作品もベースに「善きリズム」がある。だから心地よい。それが、ムナーリと共通しているように思える。

その善きリズムを感じ取って言葉で作家を勇気づけ、日本に遠いヨーロッパのアーティストを早くから紹介した人が瀧口修造なのか。この人物の名前、今度こそしっかりと覚えておこう。

[PR]
by fumiko212 | 2018-12-16 22:21 | アート | Trackback | Comments(0)

11月6館目:ルーベンス展・常設展/国立西洋美術館

5月に目標を立てたのは1か月に3回は美術展を観ること、そしてその感想をブログに書くこと、だったのですが、後半の目標は達成できませんでした。また一番最近の記憶でルーベンス展について。

今まで、私が能動的に観る西洋絵画と言えば近代の印象派以降のものだったけど、古典絵画の面白さが少しわかったかもしれない。バロックという定義は今でもよくわかってないけど、この時代の絵画をもっと見たくなった。夏前にやっていたベラスケス展、観ておけばよかった。来年、東京には来ないけどカラヴァッジョ展が観たい。

この展覧会は洋画家の先生と一緒に見ることが出来て、自分がカラヴァッジョ的(写真で瞬間を切り取ったような場面が描かれている)と思った絵画について先生に質問したところ、「全然違う。カラヴァッジョはもっと俗っぽい。例えば背景の描き方など、カラヴァッジョなら真っ暗闇に塗りつぶすところも描かれている。ルーベンスはもっと豊かだ。」と。すごく納得できた。

「ルーベンスは豊か」この展覧会はこの一言につきます。

それと、常設展にルオーの作品が1点あったので、私が先日ルオー展を観たときに感じたことを質問してみた。厚塗りなのに透明感があるのは、下の明暗の表現であの独特の厚みを出し、色彩は薄く重ねているのでは?という疑問。これも不正解で、ルオーは毎日毎日作成を完成させていた、その結果あの厚みまで塗り重ねられたのだとのこと。ああ、私はやっぱり何にもわかってないんだな~。でもそれを聞ける先生がいるって幸せだなと感じたひと時でした。

常設に展示されているセザンヌを見た先生の苦笑いも印象的で「これは、、、、もう何も言えない。」つまり、「セザンヌ絵画の特徴である自然を円筒形と球体と円錐体で捉え、画面をかっちりと構成する特徴が表れていない。印象派の絵画はフォルムをぼんやりとなくしてしまった。もう一度画面をしっかり構成することをセザンヌはやった。」とのお話を聞いて、おなかにストンと落ちるように理解できた。

自分はとにかくちゃんと見ていないしそれを言葉で表現するのも稚拙。5月から美術展を観てその感想を書くことを続けた結果、はっきりとわかったことです。元々、それを強化したくて今年をアート強化年と位置づけてやってきたけど、あまり上達せずに終わったのは残念。でも、積極的に見に行こうと思ったことで、今まであまり見なかったジャンルや時代、画家の作品を観る機会に恵まれた7か月だった。なぜか中途半端な7か月という期間ではありましたが、これにてアート強化計画は終了。でも、これからもフットワーク軽く見たい展覧会に行くようにしたい。

感想を書けなかった展覧会は以下の通り。
10月7館目:ムンク展/東京都美術館
10月8館目:黒田記念館
11月1館目:冬の浜口陽三展優雅なオブジェ/ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション
11月2館目:仏像の姿/三井記念美術館
11月5館目:ピエール・ボナール展/国立新美術館
b0031055_08101518.jpg


[PR]
by fumiko212 | 2018-12-05 21:26 | アート | Trackback | Comments(0)