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8月2館目:巨匠たちのクレパス画展/東郷清児記念美術館

タイトルの美術館名、省略してます。
クレパスといえば、小学校に入学するとき、クレヨンとクレパス、両方を買わされた(小1で買わされたもないけど)記憶があります。どちらもベタベタした画材という印象しかなく、どういう使い分けをしていたのか全く覚えていません。6月に行ったチームラボボーダレスにクレヨンの塗り絵コーナーがあって、それにめちゃハマったのもあり、このクレパス展に興味を持ちました。ちなみにクレパスというのはサクラクレパス社の製品の商品名で、一般名だとオイルパステルというのだそうです。解説によるとパステルとクレヨンの良さを併せ持つ画材で、パステルよりも退色しにくく、油絵具と同じように混色が出来たり可塑性を活かした表現(ひっかいたり盛り上げたり)もできるので、戦後、油絵具を入手しづらかった時代にプロの画家たちも使っていたのだそうです。その画家たちの言葉も紹介されていて「子供用の画材にしておくのはもったいない」と評価されていたそう。

そのような前情報を得てますます興味が湧いて行ってきました。最初の1枚から、これがあのクレパスで描いた絵なのか!という驚きのクオリティの作品が並んでおり、油絵具での表現方法が無限にあるように、クレパス画も画家によって表現方法は無限にあることを知りました。風景画の空・山・海・岩の描き分けや裸婦の肌の質感など写実表現はもとより、抽象表現による人物や静物画でも油絵のような、というよりはクレパスだからこそという表現を観られたように思いました。デッサンと彩色が同時に表現できるからなのかなあ。ひっかいて地の色を見せる方法だと版画のように見える作品もあった。
一番気に入ったのは猪熊弦一郎の「二人のこども」という作品。二人のこどもの顔つきや正面を向いて2人が並んで立つ姿はほのぼのとして親しみが持てるのに、黒を基調にした線と面で構成された画面には緊張感もあり、心に残りました。他にも作品リストに丸を付けたんだけど、見に行ったのがちょっと前なので忘れてしまった。それというのも、展覧会を観た後に久しぶりに常設のゴッホのひまわりを見て、ちょうどアルル時代のゴッホに関する本(「ゴッホの耳」というのですごく面白かった)を読んだばかりだったのもありその印象が強烈過ぎたのと、美術館の1階ロビーにクレパス塗り絵コーナーがあり、またもや塗り絵に没頭しすぎたのが原因。ゴッホのひまわりの塗り絵があったので、複製画を観ながら16色入りのクレパスを駆使してゴッホの色を探しつつ、あの盛り上がる筆致の雰囲気をクレパスで何となく真似してみようという取り組みを、もしかしたら小1時間くらいやっていたかもしれない。出来上がりはともかく、複製プリントとはいえ、あんなにじっくりひまわりの色を観察することってただの観賞だとなかなかできないので、すごく面白かったです。塗り絵が終わった後、42階のショップに戻ってクレパスを買いそうになりましたよ。冷静になって買わなかったけど、翌週世界堂にもう一度見に行ってしまった。やっぱり買わなかったけど、、、でも、もし絵をかくならオイルパステルを使ってみたいかも、と思いました。水彩とか油彩とか、準備も扱いも片づけも厄介そうだけど、これはどんどん重ねて塗ると何となく雰囲気が出てくるのが面白かった。展覧会は9月9日までやっているので、もう一度塗り絵コーナーだけ行ってみたいような、、、もう少し近い場所にあったらきっと行ってるな。

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by fumiko212 | 2018-08-27 22:27 | アート | Trackback | Comments(0)

8月1館目:モネそれからの100年/横浜美術館

モネは何度も見ているからいいかなあと思っていた矢先に、日曜美術館でこの展覧会についてやっているのを見たら、モネがその後のアート、特に現代アートに与えた影響をテーマにした展示だと知って俄然興味がわいた展覧会。想像通り、とても面白い展示だった。

展示を見る前、番組を見た段階で、直島の地中美術館のことを思い出していました。地中美術館にはモネ以外に2作家の作品を展示しているけれど、その2人はいずれも現代のアーティスト。なぜこの3作家を選んで1つの美術館に収めているのかが謎だった。モネの作品が最晩年のものだったというのが一つの手がかりだったのだとやっと理解できた。
白内障の手術を受けることなく晩年の制作を行っていたモネは、意図してなのかそうなってしまったのかはわからないけれど、かなり抽象絵画に近いような作品を残している。今「抽象絵画に近い」と書けるのは、日曜美術館で現代アートへ与えた影響について聞いたからであって、直島で見たときは、そんな風には思っていなかった。睡蓮の池を思いっきりピンボケにしてそうするとぼやけるはずの色彩は現実よりもコントラストが激しくなり色の洪水のような画面を作っているあの作品を見て、それは白内障の影響による画風の変化だと思った私は、よくぞ白内障になるまで長生きしてくれたという感想を持ったのでした。だって、もしそうなる前にモネが亡くなってしまっていたら、こんな風に色彩が爆発したような作品は生まれなかったのだと思ったから。でももしかしたら意図的にそういう作品を描いていたのかもしれないのか、、、本当に最後まで進化し続けていたんだな。

最近、美術展の記録をブログに書いているので、過去の自分の記事を読み直していたら、自分の書いたことにびっくりした。4年前の世田美のボストン美術館展で見たピサロの作品について書いた部分をコピペ。
すっきりとした木立の下の部分は枯葉の残った藪が描かれているのですが、そこだけをじっと見ていると、まるでポロックのドリップアートのように見えるのです。ポロックはもしかして印象派の作品からあのアイデアを得たのでは?と思えてきました。その視線でモネの睡蓮観ると、やっぱり同じようにドリップアートのように見えてくる。すぐれた芸術表現は、そうやって次の時代の芸術家に受け継がれつつ発展していくものなのかもしれない、と勝手に納得して鑑賞を終えました。
勝手に納得してたら4年後にそれをテーマにした展覧会が開催されたのか!4年前の自分の感想を忘れているところが残念ではありますが、自分、よく見てるじゃん!とちょっと自信を持ちました。嬉しいなあ。

今回の展示作の中で、何となく印象に残ったのがロンドンを描いた作品。フランス国内で描いたものとは決定的に空気感が違う。ロンドンを描いたものには鉄道や橋などの人工物が描かれてて、フランス国内の作品は自然を描いたものが多いという違いもあるけど、例えばサンラザール駅と比べたってやっぱり違うもの。なんというか、光がフランスよりももっと繊細で画面が薄氷で覆われているように見える。
それらの作品と並べて展示されていたのがニューヨークを題材にしたモノクロ写真作品で、その中の一つはMETにも所蔵されているフラットアイアンビルを写したよく知っている作品(NY好きさんは見ればきっと知ってる)でした。写真家の名前はエドワード・スタイケン。写真の登場により風景や肖像を写実的に描くことが絵描きに求められなくなった時代に生まれた印象派の画家の影響を受けた写真家の作品かあ。これまた面白い発見でした。
今METのサイトでこの写真作品の解説を読んだら、”ホイッスラーの「ノクターン」シリーズを連想させる””前景の枝は浮世絵を連想させる”などの記載がありました。それにも納得。さらに、METでは”異なる印画3点を所蔵しており、それぞれ色調が異なるため移り変わる夕暮れの光景のようだ”とも。まさにこれはモネが絵画でやっていたことで、例えばルーアンの大聖堂や積み藁などの連作とのかかわりも指摘できるということなんだな~。ブログ書かなければここまでわからなかったよ。やっぱりブログに残しておくっていいな。

観終わって思うのは、モネもっと見たい。パリに行ってマルモッタン、オランジュリー、オルセーを巡りたい。しばらく落ち着いてたパリ行きたい周期に自分が入ってしまった。セーヌ川をノルマンディまで下りながらモネの描いた風景に出会う旅とかもいいな~。しばらくこの妄想旅行で楽しめそうです。

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by fumiko212 | 2018-08-10 22:27 | アート | Trackback | Comments(0)

7月5館目:縄文1万年の美の鼓動/東京国立博物館平成館

7月の最後の金曜日に訪れたのは縄文展。素晴らしかった。これは必見です。本当に観てよかった。なんというか、、、日本人観が変わった感じがする。
縄文土器と言えば、岡本太郎の写真で見て以来、何となく気になる存在。それから、チェロの先生が縄文にはまっていると何度もうかがっていたので、その刷り込みもあった。3月には先生が演奏するというので、本展のプレイベントも聴講しました。
国宝が揃うのは来週から、というタイミングだったけど、とにかく混んでしまわない内に、、、と急いで出かけました。しかし、肝心の縄文のビーナスがまさか後期のみ展示だったとは、、、かなり残念。それでも、展示されていた作品がとにかく膨大で、3時間みていったけどギリギリでした。

まずは土器を中心とした前半の展示。入ってすぐのところに中期(と記憶)の大型土器が展示されており、その存在感と造形の美しさにしばし釘付けになりました。国宝の火焔型土器の姿とは全然違ったのですが、規則性がありながら複雑に表面を取り巻く文様、堂々とした力強さと優美な繊細さを併せ持つ形状、そして何より感動するのが焼成時なのか煮炊きに使った跡なのか表面の煤の跡。これ書きながら、やっぱりもう一度見たいという気持ちがむくむく湧き上がってきています。濱田展もでしたが、1つ目の展示物を選ぶセンスに脱帽。完全に縄文の世界に没入してしまった。
震える足取りで壁際の展示ケースへ移動。展示番号1番がついた、多分今回の展示物で一番古い時代、草創期(前11000~前7000年)の土器「微隆起縄文土器」を見た。最初に見た新しい(と言っても前3000年とか)ものよりはサイズは小さく文様のパターンも少ないけれど、その繊細さは決して稚拙ではなく、すでに完成された美をたたえていることに衝撃を受ける。地域や時代によって形状や文様、薄さなど変化するものの、古い時代ほど原始的であるという法則はなく、あらゆる時代においてもその手業は完成されており、洗練された美が表れていることが一目瞭然だった。
縄文の美とは、私は何となく「土着的で原始的な美しさ」つまりはプリミティブなものであろうと予測していたのですが、実際には造形においても装飾においても複雑な洗練の美しさを持っていることに本当に驚かされた。ここまでは土器や狩猟道具、装身具を展示した前半のエリアでの感想。
後半は国宝を集めた部屋からスタート。ここからは土偶を中心とした祈りの世界が始まります。土偶については土器とは全く違う印象を受ける。国宝の3件はどちらかというと土器と同じく洗練とプリミティブを併せ持っているけれど、その先に並ぶ土偶たちの造形はプリミティブの世界。土器ではあれだけ形に洗練を与えた人たちが、自分たちに似せた偶像を作るときは写実から遠ざかる。それはなぜなんだろう?と考え込んでしまう。キリスト教によってギリシャ彫刻が破壊され、写実や遠近法が一度捨て去られた中世の西洋と重ねて考えてしまう。土器では自由な造形をする一方で、土偶ではあえて写実的な造形を捨てたのは、技術がなかったからなのか?それが祈りのためのものだったからなのか?
出産の無事を祈るためのものとされる土偶が、毎日の食事に使う道具である土器と同じくらいのボリュームでこれだけたくさん展示されている。子孫を残し、集落を一定の人口で維持することを切望した人々の願いを感じる。そんなことを考えながら見ていくと、だんだんと当時の人たちの暮らしが目の前に立ちあがってくるように感じます。
「猪型土製品」というものがいくつか展示されており、解説文には猪は当時において最も重要な獲物だったと書いてありました。煮炊きに使ったという土器の大きさを考え合わせると、猪が獲れた日は、集落全体で猪鍋をこしらえて皆で火を囲み食事をした情景がありありと浮かんできます。そして、猪を丸焼きにするのではなく、こんな大きな深い鍋で煮るのは、水の豊かな日本ならでは。縄文土器があのような装飾性を称えていったのは何と言ってもご馳走に使う鍋だからだったのだと思う。そして出産が近づいた妊婦さんは集落の中で最も環境のいい場所、そこには集落で一番上等な土偶があり、そこで出産に臨んだのではないか。集落全体が大きな一つの家族のように暮らしていたんじゃないかと。
そんなことを思い浮かべながら見ていた後半で、ドキッとする展示物に出会いました。小さな陶板に子供、それも乳児と思われる小さな手形や足形が押されたもの。解説では亡くなった子供のものとも考えられるとありました。土器をつくるのは女性の仕事だったとの解説もあり、無事に生まれた我が子を間もなく亡くした女性が、土器制作の合間に亡くした子供の手形足形を残したのでは、、、と考えずにはいられない。
こうして、後半の展示では縄文の人たちの生活が人間の根源的な願いを共有しながら日々営まれていたことが感じられ、その道からすっかり外れてぼんやり暮らしている自分には眩しすぎる情景として迫ってきました。

例えば、ある画家の生涯をたどる回顧展で、最後に絶筆の作品にたどり着いたときに、ぐっと来てしまうことがあります。この縄文展では、1万年という途方もなく長い時代を生き抜いた縄文の人々の大叙事詩として予想をはるかに上回る何者かが自分に迫ってきた。最後に岡本太郎が愛した縄文土器が展示されており、それが現代に引き戻してくれた。これが無かったらちょっと打ちのめされたような気分で帰ることになったかもしれない。

さて、縄文のビーナスをどこに見に行くか、、、素晴らしい土器群をもう一度見るために上野に行くか、ビーナスが眠っていた土地、茅野市に見に行くか、、、どっちも見る?会期は9月2日まで。どうするか考えます。

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by fumiko212 | 2018-08-09 23:47 | アート | Trackback | Comments(0)

7月4館目:teamLab★Planets

6月に行ったボーダレスがめっちゃ面白かったので、そのあとすぐにオープンしたPlanetsにもさっそく行ってきました。並ぶ?と恐れていたけど、全然空いてて指定時間にするっと入れましたよ。ボーダーレスもいろんな人に「3時間並ぶんでしょ?」とか聞かれるのですが、どちらも全然並ばずに入れた私たちはラッキーなのだろうか、、、?
ボーダレスが3時間半?4時間?くらいいても時間が全然足りなかったのと、空腹との戦いだったことを思い出して、おにぎり食べてから向かいました。こっちは25時までやってるから時間はたっぷりある。なんですが、値段は一緒なのに展示は1/3くらい?1/4くらい?な感じで2時間くらいで見られちゃったかな?拍子抜けでした。
Planetsは裸足で入ることと水がいっぱいあることが特徴。だから夏に行くべし!です。そしてやっぱりすごく楽しい。
巨大ボールがギュウギュウにある部屋ではもう少しで追い出されるくらい遊びました。だって不思議なんですよ。床に落ちてる巨大ボールを上に持ち上げて投げるとなぜか浮いたまま止まる。中にはどんな気体が入っているのだろうか?
水の部屋は鯉が泳いでた。花も咲いてたり。それが人に反応する。思想はボーダレスと共通なのだと思う。
三半規管が弱い人は立っていられない鏡の部屋とか、最初のビーズクッションの部屋とか、それぞれワーワー言いながら楽しめます。けど、どっちか一つ行くならお台場のボーダレスを強力にお勧めします!

これから行く人への覚書。
・ひざ下くらいまで水につかるので、短パンを借りるか持参する。(着替える場所あります)
・スマホは首からぶら下げる袋をもらって持込み可。
・荷物はすべてロッカーへ入れる。
・夏に行くことをお勧め。
・水着で泳いでる人はいなかった。多分怒られる?
・ボーダレスと違って逆戻りはできない。

7月はいろいろ行ったんだなあ。もう1個あります。

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by fumiko212 | 2018-08-08 00:52 | アート | Trackback | Comments(0)

7月3館目:親密な空間/世田谷美術館分館宮本三郎記念美術館

3つの世田美分館の1つ、宮本三郎記念美術館。訪れたのは小中学生を対象にしたワークショップの日。ボランティアで参加しました。ボランティア登録をしてワークショップのお手伝いをするのは初めてだったので、ほとんど見学者のような感じでしたが、このワークショップがとっても興味深く、胸が熱くなるような体験でした。

ワークショップの内容を詳しく書いたりするのはいいのかなあ、、、参加者向けに配布された募集案内に書いてあることなら差支えないかな、、、ワークショップのタイトルは「31音の美術かんしょう文」。講師の方はお二人いらして、お一方は白鳥健二さんとおっしゃる全盲の美術館愛好者の方。もうお一方は天野慶さんとおっしゃる歌人の方。お二人ともとてもお話が上手で、子供たちの心を完全にとらえていらっしゃいました。そして私たちボラの心も。ワークショップでは展示されている宮本作品から各自が好きな1点を選んで、短歌によみます。ボランティアもよんでもいいよってことだったので、誰もやってなかったけどよんでみました。どこにも書かなくていいんだけど。。。短歌の出来はともかく、なかなか面白い作業でした。あ、短歌には季語はいらないそうです。

最近では小学校1年生から百人一首を習い始めるそうで、子供たちには短歌の素地があるのですね。講師の先生も感動されたとおっしゃるような名作が次々と生まれました。担当の学芸員さんが、あまりの出来の良さに、皆さんの作品を美術館に展示したいとのことで、名前を載せなければいいよと子供たちも同意して、きっと今いくと作品が展示されていると思います。

観賞ナビゲーターの白鳥さんに、皆でどんな絵かを説明する過程で、普通ならさらっと見過ごしてしまうディテイルを協力して見つけ出すような鑑賞時間も楽しかった。こんなワークショップを企画する世田美の学芸員さん、素晴らしい。
落ち着いて全部の作品をゆっくり見られたわけではないのですが、今まで経験したことのないような絵画観賞が出来ました。子供たちの作品を観に、会期中にもう一度行けるかな?展覧会は8月26日までです。

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by fumiko212 | 2018-08-08 00:33 | アート | Trackback | Comments(0)

7月2館目:濱田庄司展 他/世田谷美術館

濱田庄司の展覧会が世田谷美術館であると知ってから濱田庄司の名前が自分の中にやっとインプットされたという、、、きっと数年前の大原美術館展や金沢の石川県立美術館でも見ていたはずなんだけど。。。今回、どういう人か、どういう作品を作った人か、学芸員さんのレクチャーも聞いてしっかり勉強しました。
そのあと、まだ読めていなかった原田マハさんの「リーチ先生」も読みました。学芸員さんのお話とつながってすごく入ってきた。面白かったです。

ここまで準備してから展覧会を鑑賞。会場の一番最初に、大型の作品が3点展示されていて、その一番左にあったのが「掛分指描」という技法の大皿(鉢?)でした。この作品でいきなりガシッと心をつかまれた。直径50cmを超える大皿に黒の釉薬がかかり、皿の周囲をぐるりと白の釉薬が囲っています。きっとまず最初に黒の釉薬を全体にかけて、白の釉薬を溜めたバケツみたいなところに皿の周囲を浸していったのか、皿の中心には白の釉薬が入らないように皿を傾けて周囲だけに掛けたのか、そういうことだと思います。狙ってはいるけれど仕上がりは重力任せ。さらに黒い釉薬がかかる皿の中心に3本指で短いストロークの筋を何か所かつけており、そこは黒の釉薬が削られて地の赤茶色が表れています。私はその皿の景色を見たとき、自分が北極点に立って、周囲をぐるりと氷の地平線で囲まれ、漆黒の空にオーロラなのか、流れ星なのか、が飛び交っている、という光景が浮かんだのです。ちょっと鳥肌が立つような感動がありました。これは一種の抽象絵画と言えるんじゃないだろうか?6月に静嘉堂文庫で見た焼き物とは全く違った世界。静嘉堂で見たのがアカデミー絵画でこっちがモダンアートっていうくらいに違う。

今回の出品作は濱田作品コレクターである堀尾氏のコレクション(現在は大阪の東洋陶器美術館が所蔵)のほとんどすべてが展示されており、日常の食卓で使う小品が多数含まれているのが特徴とのこと。床の間にでも飾るような大きな壺や茶碗(茶事に使う)よりも、食卓で使う食器の方が親近感がわくし、どんな料理を盛ろうかなどと考えながら見る楽しみがあって印象に残っています。5枚組のお皿で形は一緒(と言っても工業製品ではないので微妙に違う)だけれど色や柄が違うなんて素敵です。5人家族でこれはお父さん、お母さん、て決めて使っていたのかな?と想像したり。豊かな食卓が目に浮かぶようです。英国に3年も滞在し、初の個展はロンドンで開いた濱田ですので、ティーセットなんかもあるんですよ。これも素敵だったな~。私など茶道のたしなみが全くないので、茶碗よりもずっと身近に感じます。
一つだけちょっと珍しいくて印象に残っているのが「段重」というもの。要は陶器の重箱なんだけど、大きさがハガキサイズくらいで見た目は重箱というよりも1人用の弁当箱という風情。陶器だから本当に弁当箱にするのは厳しいだろうけど、これにお弁当を詰めてみたくなった。実際は常備菜みたいなものを入れて、このまま次の食事までしまったりしたのかな?それとも和風ボンボン入れみたいに金平糖とか落雁みたいなものでも入れたのかしら?どれか1つ買うならこれかなあ。。。と妄想するのも楽しかったです。

企画展の後は、ミュージアムコレクション展へ。現在は「東京スケイプ」という写真展が開催中でこれも面白かったのだけれど、その後のコーナー展示に「濱田窯の系譜」として濱田の息子さん、お孫さんの作品が展示されていて、さらに出口のところでは「濱田庄司登り窯復活プロジェクト」のドキュメント映像が上映されていました。30分程度のもので私は15分くらいから見始めたのですが、これがすごかった。「リーチ先生」にも登り窯での焼成の様子が描かれているのですが、登り窯を見たことがないので文章から何となくぼんやりしたイメージを思い描くしかなかったのが、この映像のおかげではっきりと理解できました。我孫子の柳宗理の邸宅内にバーナード・リーチが窯を開き、何度目かの焼成で火災を起こしてリーチのアトリエが作品や資料もろともに全焼してしまうという胸が詰まるエピソードがあったのですが、なるほど、登り窯での焼成とは風向きが悪ければ火災にもなりうる激しいものなのだと理解できました。巨大な窯の下から薪をどんどん投入して窯の上方の窓から炎が躍り出る姿は窯が一つの生き物のように見える幻想的な風景で、もしまた濱田窯で焼成が行われるならぜひ見てみたいと思わされました。
この濱田の登り窯について知ったこともここに書きたいくらい感動的なのですが、長くなるので割愛。見たがりやりたがりなので、今度焼成があるときは見に行きたい!できれば薪割とか炊き出しのボランティアとかやってみたい。(映像では薪割は陶芸家たち自らが行い、炊き出しは近所の方たちがやっていたのできっと参加できない。でも見学はできるみたいだった。)ということを記録しておきます。

濱田の盟友である河井寛次郎展も汐留のパナソニック美術館で開催中ですよね。行けるかなあ、、、

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by fumiko212 | 2018-08-08 00:07 | アート | Trackback | Comments(0)