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プラスチックごみをやっぱり減らしたい

一昨日あたりの朝日新聞で以下の記事(引用)を見てまたまた考え中。

"世界の海を汚すプラスチックごみを、どう減らしていくか。具体策を各国に促す「海洋プラスチック憲章」が、先のG7首脳会議で議論になった。

 英仏独伊とカナダ、EUが署名したのに、日本は米国とともに見送った。中川雅治環境相は「市民生活や産業への影響を慎重に検討する必要がある」と釈明するが、国内外のNGOから失望の声があがっている。"

なんたること!海産物を多く食べる日本がなぜ?またもや産業優先ですか、、、

食品業界の各国ニュースのまとめを読んでいると、去年あたりからプラスチック製のストローやカップ、食器などが続々と各国で規制対象になっているのに、日本ではそんな雰囲気はどこからも感じられない、、、規制がなくてもスタバあたりがこの夏から率先して取り組んだらいいのになあ。

人様はともかく、自分ができることから考えてみた。元々コンビニで惣菜を買ったり、カップ麺を食べたりしないので使い捨て食器のようなものにはあまり縁がない。でも家でアイスコーヒーやアイスティを飲むときにストローは使ってた。これを今シーズンはやめています。氷をぎちぎちに入れてコップから直に飲み始めると、氷がごろんと動いたときに中身がピチャッとこぼれることがあったりしてストローを使ってたんだけど、気を付けて飲めばよいと気づいてそうしました。使ったストローは可燃ごみに出すから、私がこれを気を付けたところで海に流れ出るプラゴミが減るとは思えないけど、、、でもこれって気持ちの問題だから。

そういえば、昔使ってた粒粒入りの洗顔料。あれはとっても影響していたそうですね。顔を洗うのは石鹸派なんですが、旅行とか用にチューブ入りの洗顔料を買うと最近でも粒粒を感じる製品てあった気がする。私の”最近”の記憶は10年前だったりするから何とも言えないけど。

しかし、これからの季節、私がたまに買うのがコンビニのアイスコーヒー。あれ、ぷらカップに入っているよね。マイカップを持参しても、どこかのコンビニは冷凍庫にある氷を買う方式だったから結局プラカップを捨てないといけない。その前にマイカップを持っていないからコンビニで買うんだしなあ。せめて空カップは持ち帰って可燃ごみの日に出すようにすれば安心かなあ。うーむ。


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by fumiko212 | 2018-06-23 08:38 | つぶやき | Trackback | Comments(0)

6月2館目:柚木沙弥郎の染色 もようと色彩/日本民藝館

日曜美術館でみたいなと思ったときは会期終了間近。一度行ってみたいとずーっと思っていた日本民藝館に行ってきました。混んでた。仕方ない。混む原因を作った一人になってるのは自分だ。
混んでたんだけど、空いてたらもっと良かったけど、不思議と混雑のストレスをほとんど感じない美術館だった。こういうことってたまにある。美術館の空間の良さ、展示物の仕方、来ているお客さん、なんかが影響しあうのだと思う。

染色家柚木沙弥郎さんのことは件の日曜美術館で知ったけど、民藝のポスターは見たことがある。その人だった。既に90歳を超えるご高齢で、日本民藝館を愛し、今もふらりと訪れることもあるそう。番組で染色の型紙をザクザクと切る姿は、それはもうマティスと重なる。
展覧会のタイトルも「もようと色彩」。マティスの切紙絵をこの半年見続けていた私には、面白いように入ってくる作品ばかりだった。色彩と形が調和しながら、1枚の布の中で絶妙の緊張感を持って存在している。晩年に向かうほどその形は大胆になっていき、緊張感が研ぎ澄まされていくように感じた。大きな反物ではパターンが繰り返されていた時代を経て、近年の作品は1枚に1つの模様だけ。色も1色だけ。単純化されているのに緊張が増し、図と地がどちらがどちらかもわからない。攻撃的な緊張ではなく、研ぎ澄まされているのに何かゆったりした印象がある。
多色染めのものも面白くて、2色の版の染が微妙にずれて色が重なる部分があり、その重なる色の深さが全体を引き締めていたり、赤と緑の補色に黄色がプラスされたり、2種類の補色を組み合わせ4色でパターンが続いたり、、、と組み合わせは無限。こういった作品を作っていたころ、きっとどんなものを見てもその色や形の組み合わせをいつも考えながら暮らしているんじゃないかしら、、、

柚木さんの展示以外にも民藝館のコレクションが随所に展示されており、最近はなるべくものを出さないでしまってすっきりさせることばかり考えて暮らしていたけれど、もうちょっといろんなものを飾ったり使ったりする生活もいいなと思った。特別な美術品でなくても観るだけでうれしくなるものや、親から受け継いだ古いものなんかはしまっておいても私の後に引き継ぐ人は誰もいないのだから、使えるものは使い、飾れるものは飾ろう。

旧柳宗悦邸である西館も必見で、庭には立派な枝垂桜が。これはぜひとも桜の時期に再訪してみたい。青々とした楓の木もあり、秋もきっと素敵だろうと思う。


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by fumiko212 | 2018-06-22 23:12 | アート | Trackback | Comments(0)

6月1館目:酒器の美に酔う/静嘉堂文庫美術館

前回のエントリを読み直したところ、「月に2回くらい」とか守りに入ったことを書いていて恥ずかしい。月3に修正します。というのも、ごく最近知り合ったばかりの方に展覧会のチケットをいただきまして、さっそく1館見に行けました。ありがたや~。自分ではきっと選ばなかったであろう、工芸品の展覧会です。
酒器なので陶器が中心で、古いものだと青銅(一番古いものは紀元前14世紀頃のものだった)、それと漆器が少しずつ。後は当時の風俗がわかるような絵画。
私が一番食いついたのはやっぱり絵画で、お酒にまつわる時代ごとの風俗みたいなものが描かれていたのが面白かった。例えば、酔っ払うのは悪くないという考え方があったなんていうのはとっても東洋的だと思った。漢詩の詩人だったかな、酔うと名作がボンボン生まれたなんていう解説もあって、それってどうなのかなあ、、、と私などは思ってしまうけど。「客は酩酊するのが酒宴の主人に対する礼儀だ」という記述もあったりして。昭和のサラリーマン社会には結構こういう考え方が残っていた気がする。
それと「かわらけ」についての説明も、江戸時代(だったかな?)の杯はもっぱら素焼きのもので、使い捨てされていたそうな。いつでもまっさらな新品の「かわらけ」を使い、一度使ったものはけがれているということで廃棄していたのだとか。お神酒には今もその考え方が残っているけど、人間もそうしていたのですね。日本人の清潔好きってやっぱりこういうところからきてるのかなあ。

肝心の酒器の展示について。一言に陶器と言っても、本当に種類がいろいろあるんですね。数を見ることで見方もわかってくるのでしょうけれど、今の私には、この地の色はきれいだなあ、とか、この絵柄は豪華だなあとか、中世にこんなモダンな柄があったんだ!とか、そんな見方しかできていません。
今回、美術班活動に力を入れるにあたって、ぐるっとパスを買おうか迷っていたのですが、入場できる施設の企画展をチェックしたところ、今年は陶器の展覧会がやたらと多いのです。陶器が好きな方にとってはすごい当たり年なのかも。我らが世田美も次回は陶芸家の展覧会です。まずは好きな作家とか窯とか産地とかに出会えると、そこを手掛かりに見方が広がるのかもしれない。静嘉堂で見たのは上流階級の器という感じだったけど、例えば民芸の作家の作品なんかだと好きなものが見つけられそうな気がする。そうそう、去年、金沢の石川県立美術館で見た九谷焼の緑も素敵だったなあ。

は~、美術班活動をして感想を書く、と意気込んだものの、こんな程度しか書けない自分が情けない。しかしあきらめずに続けます。

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by fumiko212 | 2018-06-07 22:45 | アート | Trackback | Comments(0)