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カテゴリ:音楽( 122 )

ベルリン・フィルの姿

休憩を挟んでブルックナー9番。
曲については何も書けないので、目で見て耳で聞いた私の印象に残っていることを書きます。

この曲で一番好きなフレーズは第2楽章で何度か繰り返される短い休符に続いて始まるオーケストラ全体が同じ旋律、リズムを力強く刻む部分。ここがかっこよくてすごい好き。ここを聴くのが一番楽しみだった。
予習で聴いていたウィーンフィルのCDでは微妙にトロンボーンらしき金管楽器がリズムに乗りきれてないのが気になってた。ベルリンフィルはどんなふうなのかしら。。。

曲が始まると冒頭の大迫力のあのメロディーを超えたところで、すでに第1ヴァイオリンの弓の毛が切れてひらひら舞っているのが目に入った(それも2人も)。
先々週のチェロレッスンで、近頃話題のチェロ2人組のことを先生が話されたのだけど、弓の毛が切れるのはかっこいいことでもすごいことでもないので真似しないでね、切れるってことは余計な力を入れすぎて音は乱れているということだから、というようなアドバイスがありました。あれにあこがれておかしな方向に行っちゃわないでね、ということでおっしゃったのだと思います。チェロ2人組の方たちはパフォーマンスとしてわざとあのような演奏をしていると思うので、弓の毛が切れるなんてダメな演奏だ、という意味でもないとは思うのですが、それでもググッと力が入った時に起こる現象だということ。
第1楽章のあの重ーい歪んだ音を出すというのは音が割れてしまうギリギリのところまで力を入れてるんだなあ。ベルリンフィルであっても。

そんなことが頭をよぎりつつ、曲は2楽章へ。いよいよだ。私のワクワクは最高潮。
休符の後の入りは、聴き手側もぐっと力が入る緊張があるのだけれど、楽章の中で4回繰り返されるこの部分の2度目に私の耳でもわかる乱れがありました。多分、管楽器と弦楽器だったと思うのですが、2つの音が休符の後バラバラッと早く入ってしまったんです。あ、いかん!という感じで私が焦ってしまった。ベルリンフィルでもこんなことあるの?むしろこの程度はOKなの?と思ったのですが、やはりよくなかった様子。オーケストラがここでビクッとなったように感じました。ここから先は二度とあってはならない、という気迫の表情が第2ヴァイオリンの最後列まで伝搬していて、オーケストラの気持ちがギュッと凝縮されたように感じました。(全部私の妄想かもしれませんが。)その時のラトルは平常心のままのように見えた。3度目の同じフレーズの入り、休符の後、オーケストラが一斉に息をスッと吸い込む音がそれまでよりもずっと大きく聞こえ、その瞬間にたくさんのことが私の胸に迫ってきた。

ベルリンフィルといえば、指揮者をもビビらすプロ集団。最近では佐渡さんが定期公演を指揮したときのリハーサルを取材したドキュメントが公開されましたが、佐渡さんサイドから見たベルリンフィルは泣く子も黙るという感じで、とにかく指揮者を値踏みしてダメと判断されたら次はない、というような切羽詰まった雰囲気。安永さんの対談でも、指揮者がダメだと楽団員たちがリハーサルの休憩時間などにコンマスに「何とかしてくれ」と言いに来るそうで、そこである程度調整してもダメとなると団員たちはコンマスを見て演奏を始めるらしい。すると演奏がよくなっていくという。これ、気の弱い指揮者が読んだらもう指揮台になんて上がれませんよ。

そんな話を見聞きして、ベルリンフィルはどんな曲でもスイスイとできてしまう人たちなんだろうなと思っていると、一方で団員たちへのインタビューで構成されていたドキュメント映画では、彼らは一様に毎回すごいプレッシャーで押しつぶされそうだという。自分はいつこの集団から脱落してしまうんだろうか?どんなに練習しても安心できない。といつも恐怖におびえているようなことを言っている。

このギャップはなんなんだ?

3年前の来日公演を聴いた人たちが書き込みしてるのをmixiか何かで読んだときに、あまり良くなかったと書いている人が少なくない人数いて、中にはそもそも日本なんかでベルリンフィルは本気出さない、と書いていた人もいた。まあクラシックマニアの人たちはすんごくいい耳を持ってCDとかも聴きこんでいるのだろうから、そういうことなのかしらねえと感じたりもしたけど、今回自分の耳と目で確かめて確信したことは、たとえベルリンフィルであっても生半可な集中力ではオーケストラの演奏というのは成り立たないということ。もしそのような気持ちであの場にいたら、聴衆には気づかれなかったとしても隣に座る仲間に気づかれてしまう。そんなことしたらこれから先仲間の信頼や尊敬を失ってしまうことになる。その恐怖をだれよりも知っているのが彼ら自身なんだ。

鬼気迫る集中力を目の当たりにして、天才がさらに生半可でない努力をし、それでも全身全霊をかけて集中しなければ振り落とされてしまうという恐れを持って存在している。それがベルリンフィルの本当のすごさなんだと。私は本気で感動していました。

その短い休符の後に続く旋律は完璧に同期し、オーケストラが一つの楽器になってリズムを刻んでいた。
(去年の第九の練習で先生が何度も「指揮に合わせようとしたらだめだ。」とおっしゃっていたのは、つまりはこういうことだったんだというのも本気で理解しました。)

そこからは、音楽の中に客席も飲み込まれて一つのうねりになっていき、第3楽章は頭でぐるぐる何かを考える瞬間もなく音楽の中にひたすらに身をゆだねていた記憶しかありません。

すべての演奏が終わって会場を後にする私の頭の中には、次はベルリンのフィルハーモニーで彼らの演奏を聴かなければ、という決意がありました。

彼らは私にとってのスーパースターであり、音楽の神様に愛された人であり、そして生身の人間だった。それを自分の目と耳で確かめることができて本当によかった。
by fumiko212 | 2011-11-27 18:17 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

至高の時間が訪れた

ホールに入ると、さっきまでやたら目についたブランドバッグの人たちは気にならなくなっていました。そっか、ここはB席だものな。
実はチケットを購入した時は相当ぶーたれてたこのB席、その後この席じゃいやだ、という思いは払しょくされていました。というのは、藤原真理さんのエッセイを読んだ際にサントリーホールで彼女が好きな席としてあげていた場所がその私のB席だったから。その席がどういう席かということが書いてあり、その良さを私の耳で感じられるかという不安はあるものの、それこそ最高のプラシーボ効果が得られそう。さらにはコンサートの途中に思い出したのですが、かつて父がN響定期のBプロで持っていた席が確かこの辺りだったと言っていたことを思い出しました。いつも、すごく面白い席なんだと自慢していて、そうか、父も真理さんのエッセイを読んでこの席を買ったのかもなあと思ったりしました。

この日はコンサートの前にユニセフのセレモニーがありました。ドイツの子供たちが東北の被災地の子供たちに宛ててメッセージ、絵画、俳句などを贈ってくれたそうで、それらをまとめた本の贈呈とユニセフからベルリン・フィルへの感謝状の贈呈式が行われました。この時点でステージ上には楽団員が登場していたのですが、ふとテレビ画面の中で何となく顔を覚えていた団員の方々が目の前に、、、ということに気づいて、まるでロックスターか映画スターを目の前にしたファンのようにキャー!とテンションが上がっている自分に気づきました。ホント、私にとっては彼らはスターなのだなあ。いやー、興奮してきた。

セレモニーが終わり、一度ステージを降りたラトルが登場。何のためらいもなく1曲目のラヴェルが始まりました。そしてすぐに、この席が真理さんの言うとおりの席だと実感。1つ1つのパートの音がものすごくクリアに聞こえてきます。ああ、真理さんありがとう。読んでいなければそんな風に聞こえなかったと思う。オーボエとイングリッシュホルンの音がとてつもなく美しく響いてる。木管の音が素敵だ。、私のいる場所だとあっちこっちが気になって曲を塊として聴けていない気もして、ふとラトルを見ると、おお、すごい、オーケストラが1つの楽器になっているってこういうことなのか、と思えたり。いやもう忙しくワタワタしているうちにあっという間に1曲目が終わってしまって、何を舞い上がっておるのだという状態。でも、この後の席の移動やらを待つ時間で少し落ち着けました。

さて、いよいよ問題のホルン協奏曲が始まります。解説によると、ソリスト以外のホルン奏者2人とトロンボーン1、トランペット1が客席に散って演奏するとのこと。2階のLC、RCのバルコニーのところにホルンが1人ずつ、LA、RAのドアの前にトランペットとトロンボーン奏者が立っています。「開花の時」というタイトルがついたこの曲は蓮の花の開花を表現しているのだそうで、オーケストラが水面を、ソリストが花を表しているのだそうです。ピアニッシシシモ(?)の弦のハーモニクス(多分、、、)のロングトーンで曲が始まりました。その瞬間に会場の空気がガラリと変わりお客さんの集中力が急速に高まっていくのがわかりました。オーケストラの集中力がすごい。それが客席にもビシビシ伝わってくるからこちらも背筋が伸び、全身でその音を受け止めようとする。
以前読んだN響オーボエ奏者茂木さんのエッセイに、演奏会の成功はオーケストラだけがどんなに頑張っても得られるものではなく、その演奏を客席が受け止め返すことで演奏がよりよくなっていく、とありました。そういう空気が生まれつつあるのが肌で感じられました。
私がこれまでホルンという楽器に持っていた印象も大きく変わりました。うねるような音を出すソリストと、2階席バルコニーから聞こえてくる派手なギラついた音は、それぞれが同じ楽器とは思えない違った色をしていました。ちょっとサックスに近いような音色に感じた部分もあったり。その音の応酬を聴いていると、クラシックというよりはむしろジャズっぽく聞こえるような場面もありました。いいぞいいぞという感じ。
このままどこまでも続いていきそうな激しくうねった音楽が再び静かな弦のこすれる音とともに収束していく最後の部分は、夢から覚めるていくような覚醒の時間を経て、再び現実の世界に戻っていきます。しばらくあの世界にとどまっていたいという思いを残しながら。
普段はあまりないのですが、音楽を聴いていて、目の前の空間に何かが見えてくるような体験をすることがあります。この曲を聴いているときも、一つの空間作品を体験したような、確かに何かを見ていたような、不思議な感覚が残りました。
ラトルがゆっくりと手をおろし、オーケストラが楽器をおろすまで客席は微動だにせず見守っていました。
本当に素晴らしい体験だった。
日本の客も本気出すとすごいんだ、と誇らしかった。それはやはり日本の作曲家の作品だったということも大きいように思いました。なんというか、皆さんならこの世界わかるよね、うんわかるわかる、かつて見た世界のように思う、というやり取りがあったような。多分私の思い込みだけど。
そして、偉大なマエストロであるラトルも、世界最高峰の演奏家集団であるベルリン・フィルも、この曲の世界を再現することにひたすらに忠実であり真摯であったように思いました。それは作曲家だけが描いたヴィジョンなのではなく、それが全員に共有されて意志を持って再現されていたような。
演奏が終わって、客席後方から作曲家の細川さんが舞台に招かれ、オーケストラを含めた会場中の称賛の拍手が沸き起こりました。その時私は心からこの偉大な芸術家に「ありがとう」という気持ちで拍手を送っていました。
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(写真は公式ブログから拝借しました。すいませんっ。)
さて、休憩を挟んで、最後の曲、ブルックナーの9番です。 つづく
by fumiko212 | 2011-11-26 01:19 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

3年分の思いを胸に

このブログでベルリン・フィルについて初めて書いたのが2008年11月のことでした。
テレビでベルリン・フィルの演奏とは知らずに聞いたオーケストラの演奏に心を奪われたあの日から3年の月日が流れたこの11月に、やっと、やっと、ベルリン・フィルの音楽を生で聴く日が訪れました。

3年前のあの日、プラシーボ効果なしには音楽の良し悪しなんてわかんないだろうなーという私の耳でもその良さを聴きとれたのがうれしくって一気にファンになりました。
その後もテレビやラジオでコンサート中継をやっているのを聴いたり、デジタル・コンサートホール(インターネット中継)の無料視聴でいくつかの定期演奏会を聴いたりしてベルリン・フィルの音楽に接してきました。夢中になって聴きまくっているというほどではなく、折に触れて、という程度でしたが。
演奏以外にもドキュメント映画を見たり、元コンサートマスターの安永徹さんの対談集を読んだり、その安永さんの演奏会やベルリンフィル12人のチェリストたちの演奏会に行ったり。さらには、あのコンサートで見た8本のチェロとソプラノ歌手で演奏されたヴィラ・ロボスのブラジル風バッハ5番の素敵さにそれまで漠然としていたチェロ習いたい思いが臨界点まで達してしまいチェロまで習い始めちゃった。そうやって小さくいろんな変化が起こっていたこの3年でした。こうして外堀はかなり埋まってきていたんですが、やっぱり本丸は遠い。

震災直後のラトルからの日本へのお見舞いメッセージの中で11月には日本公演を行うというコメントがあって、それでも自分は行けないような気がしてた。チケットを取るのも大変そうだし、チケット代はきっとすごく高いだろうし、、、と。
詳細が発表になると思った通りの高額チケット。今となっては高いけど不当に高かったとは思わないけど、1回のコンサートに数万円というのは私の金銭感覚ではどうしても尻込みしてしまう。
そうこうしている内に販売各社が優先エントリーを受け付け始めたので、選べる席種の中で一番安かったB席にエントリーしてみた。本当に絶対に行きたければ、一番席数が多いS席にエントリーするんだけど、まあ取れなきゃそれで諦めつくし、むしろ取れなくてもいいやという気持ちが半分。案の定、チケットは全部落選して、一般発売当日。これもダメもとでインターネット販売のサイトにアクセス。まあつながらないだろうなと適当にいじっているとB席が1枚だけ出てきた。3万円も出してそこですか?という場所。どーしよっかなあと保留にしているつもりだったら、どうもそれは購入確定ボタンを押した後の画面だったらしく、結局チケット購入していた。そんなこんなでかなり消極的な感じでチケット入手。

それでも、自分なりに行きたいプログラムの日を購入しました。演奏するのは3曲でラヴェルの短い曲と細川俊夫さんという日本の現代作曲家のホルン協奏曲の日本初演、そしてブルックナーの9番。
ブルックナーの9番は、丁度その3年前にサービスが始まったデジタル・コンサート・ホール(ベルリン・フィル定期演奏会のライブ・インターネット配信サービス)のプロモーション映像で流れていて、何度も何度も聴いて耳になじんでいた曲。さらに日本初演のホルン協奏曲というのも魅力的。以前も書きましたが、在京オケの定演に行っていると日本初演の楽曲を偶然に聴けることがあるのですが、そういうコンサートは印象に残ることが多く、いつもいいもん聴いたなーと思えていた自分を思い出していました。もちろん、予習できない知らない曲を聴くというリスクもあるのですが。
などとかっこよく(もないか、、、)書いてますが、コンサートホール前の広場に着いた私は全然前向きじゃなく、最近では珍しい趣味の悪いブランド物のバッグを持った人がやたら多いことが気になって仕方なかったです。やっぱ、こういうコンサートは金持ちの道楽なんだろうか、、、なんて思ったりして。

いや、でも、この日本初演の曲がツアーのプログラムに入っているというのは私にとってはかなりうれしい材料だったことは事実です。

以前にデジタル・コンサートホールで見た定期演奏会の中で印象に残っているプログラムがあります。
ひとつはウィントン・マルサリス率いるジャズ・アット・リンカーンセンター・オーケストラと共演したコンサート。アンコールではオケ団員も即興演奏に加わって大ジャムセッションになったすごいコンサートでした。
それからもうひとつ。これは実は全編通して視聴してはいないのですが、ピーター・セラーズ演出による超斬新なマタイ受難曲。客席まで使って演奏者が動き回りながら演奏をしている、まるでストレートプレイのお芝居を見ているようなクールな演奏会で、これ時間があったら全編見ようと思っていたことを思い出しました。

そういうコンサートを見るたびに、やっぱり地元で定演を聴いてこそのベルリン・フィルなんだなーと思っていたのです。こういうのも演ってしまうのがベルリン・フィルの懐の深さ、かっこよさ、私がベルリン・フィルかっこいいと思うポイントです。
でも、そういったプログラムを海外ツアーに持ってきてくれるということはあまりないんじゃないかな、と思っていたのです。(実際はどうだか知らないですけど。)

これくらいグダグダ考えないと行く決心がつかないくらい、私にとっては高いチケット代でした。

さて、いよいよ演奏会が始まります。 つづく
by fumiko212 | 2011-11-26 00:08 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

芸術の秋週間④ 小曽根真カルテット@Body & Soul

芸術の秋週間の最後を締めくくったのが、青山のジャズクラブBody & Soulでの小曽根さんのカルテットのライブ。

ちなみに「週間」のタイトルどおり、①~④は全部先週1週間にあった話。東京の秋は大忙しだ。負け惜しみでなく、やっぱり東京ってすごい街だと思います。NYでもパリでもアンテナさえ張れればいろいろすごいものに出会えるんだろうけど、東京だってすごいんだぞ!と書いちゃう時点で負け惜しみか?笑

今回のライブは急遽決まったそうで、お店からのメールが入ったのが1週間前くらいというかなりのショートノーティスでした。速メールで予約しましたが、後から前日がNNHのコンサートだったと気付きました。2日連続で小曽根さん♪
本当は電話で予約してかぶりつきシートなどを物色したらよかったのですが、今回はお任せだったのでお店の一番奥のコーナーの席になりました。でも、この席、以前も座ったことがあるのですがお店全体が見えてなかなかよいのです。B&Sにハズレの席はないということ。と余裕をかましたのもつかの間、ライブが始まってすぐにやはりかぶりつき席がよかったか、、、とちょっと後悔。笑

この日はカルテットということで、NNHのメンバーであるテナーサックス(&クラリネット)の岡崎正典さん、ベースの中村健吾さん、ドラムの高橋信之介さん、という豪華なメンバー。
小曽根さんが担当されたNHKの世界遺産の番組の曲を中心とした、普段は聴けない曲が演奏されました。
前日の大ホールでスピーカー越しに聴いたときと同じように、この日もまた小曽根さんの音がキラキラと輝いていました。忘れもしない、三木さんのビッグバンド、フロントページ・オーケストラに小曽根さんがエキストラで出たB&Sのライブ、あのピアノの鍵盤に手が届きそうな場所で聴いた小曽根さんの演奏をまざまざと思い出すあの音。あの音が鳴り響いていました。
ご一緒したMさんが「さらに進化した」とおっしゃっていたのは私もなんとなく感じることができているような気がして、それを自分なりに言葉にすると、あの時と違うのは音の輝き一つ一つがより純度の高いダイヤモンドのような、冬の空に静かに輝く恒星のような、キラキラしていることには変わりがないのだけれど、シンと静かなのにじっと見ていると無限に広がっていくような、そんなような音に聴こえました。2日ともそう感じた瞬間が確かにあった。
The Trio時代の前半と後半では小曽根さんの演奏はすごく変わってトリオが終わる頃はなんというか複雑になりすぎてしまって私は少し置いてきぼりにされてしまったなあと思っていました。その後、クラシックや即興演奏の時代があって、そしてNNHでの小曽根さんがあって、そしてこの2日間の小曽根さんはやはり去年まで聴いていた小曽根さんとは違っているように思えました。最近あまりチェックしていなかったクラシックの小曽根さんがどんな演奏をされているのか、またソロの演奏なども聴きたくなってきました。
でも、やっぱり私はこの日のカルテットとかトリオとか、このくらいの編成での小曽根さんのピアノを聴くのが一番好きです。小曽根さんが「大きなところでやらせてもらっててこんなこというのはなんですけど、やっぱりジャズはね、このくらいの狭いところがいいよね!」とおっしゃって客席を喜ばせてくれましたが、本当にB&Sで小曽根さんを聴くのが一番の理想的な環境です。

今回、急遽決まったこのライブ、やはり今のご時世、東京のジャズクラブを取巻く環境は厳しい状況らしく、「ここがなくなると困るよね!」という小曽根さんのB&SとKyokoママをサポートしたいというお気持ちで実現したようでした。今まで、ここでいくつものすばらしいライブを体験させてもらっている私ですが、正直、小曽根さん以外の出演者の日に聴きに行ったことはありません。だからいつでも満員御礼のところしか見たことがないのですが、これからは小曽根さん以外のミュージシャンの演奏も聴きに行ってみるようにしようかな、と思いました。(月一エンタメが何もない月は行ってみよう、なんて思っているのですが、何もない月ってないんですよね、、、)

そうそう、このBody&Soul、お料理もとっても美味しいのですよ!例えば、東京にご旅行などで遊びに来られた方なども、夕食を兼ねて音楽を聴くというのもとても東京らしい体験になると思います。それからニューヨーク好きの人にもおすすめ。ブルーノート東京やコットンクラブ(には行ったことないけど)に行くよりもずっとニューヨークらしいジャズクラブの雰囲気を味わえると思います。

小曽根さんの話ばかりになりましたが、この日のメンバー、皆さんすばらしかった。健吾さんのベースは言葉を語りだしそうな表情豊かな音だったし、前日のラプソディ・イン・ブルーでもクラリネットを吹かれた岡崎さんのサックスもですがクラリネットの音、こんな風にクラリネットの演奏を近くで聴くのは初めてだったのですが、やっぱりクラリネットの音ってやさしくて好きだなーと思ったり、高橋さんのドラムは洗練されていて、なんとも素敵なコンビネーションでした。

ここで音楽を聴くときはいつもご一緒してくださるMさんと小曽根さんを聴けるというのも私はいつもすごく嬉しくて、毎度毎度ショートノーティスでお誘いしてしまうのですが、ご都合をつけてくださってご一緒していただいています。ありがとうございます。

そんなわけで、ここでの体験はすべて幸せな思い出になっています。だから、やっぱりなくなっちゃ困るのです。東京の夜はジャズを聴きましょう!
by fumiko212 | 2011-11-03 22:41 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

芸術の秋週間② No Name Horses@大田区民ホール アプリコ

b0031055_2057986.jpg先週の土曜日、久しぶりの小曽根さんを聴いてきました。どの位久しぶりなのか自分でも思い出せずに振り返ってみると、どうも昨年末のオーチャードホール以来だったようです。1年近く小曽根さんを聴いてなかったのか…。
今回も大好きなNo Name Horsesで登場。「ラプソディ・イン・ブルー」とタイトルがついています。もう数年前になりますが確かオーチャードでNNHのすごいかっこいいラプソディ・イン・ブルーを聴いた記憶があります。あれをまた、というか彼らのことだからもっと進化した、もしくはもっとすごいことになってるラプソディ・イン・ブルーを聴けることになりそうだ、とワクワク。

(長文になってしまったので前半の感想は後ろに回します。)

後半はラプソディ・イン・ブルー1曲勝負という構成でたっぷりと。えーっと、途中でまだ続いてるよね?というような、かなり、かなーり自由なラプソディ・イン・ブルーでした。曲が終わって、小曽根さんが「ガーシュウィンはこのアレンジ聞いたらどう思いますかね?」という問いに、三木さん、片岡さんが「喜んでるんじゃないでしょうか?」と答えた後、中川さんが「怒ってるんじゃないですか?」と笑いを取っていましたが、どっちでしょうねー。笑

この曲の一番好きで一番ドキドキするのはなんといってもオープニングのクラリネットのソロ。あのメロディを聴くとニューヨークの夜明けが思い浮かびます。(きっとウディ・アレンの「マンハッタン」のあのシーンの影響ですね。)ニューヨークに滞在していると時差ぼけで夜明け前に目が覚めてしまうことがあります。そんなとき窓から外を眺めていると、摩天楼のシルエットと空の境目がオレンジ色に染まり始め、やがてもうここからは朝だという瞬間が訪れる。街が目覚めるあの瞬間のメロディだと思っています。そう思うと、この曲自体がニューヨークの1日の時の経過のようにも感じられます。

そのオープニングがどんなアレンジだったかというと、最初の低音は岩持さんのバスクラリネットで始まり、そして岡崎さんの吹くクラリネットに引き継がれるという形で演奏されました。これ、前回はこんな風じゃなかったと思う。オープニングからそう来たか!とワクワクしっぱなしでした。

後日Twitterで三木さんのツイートを読んでいたら、「No Name Horsesでツイートを検索するといろんな感想を読めておもしろい。厳しい意見もあるが、そういうのこそ参考にしたい。」というようなコメントがあり、私も検索してみました。確かに、あれはダメだという意見もあって、本来ない休符が入っているとか、へぇ~と読みましたが、そんな風にあの音楽を聴いていた人はなんだかかわいそうというか、もったいない聴き方してるなあ、と単純に思ってしまった。
かくいう私も、先日あるコンサートでチャイコフスキーのピアノコンチェルトを聴いたとき、木管がバラバラッ、バラバラッと入るのが気になって気になって気持ち悪くて、それだけが理由というわけでもないのですが後半を聞かずに帰ってきちゃったということがあったけど、それを言ったらNNHの管だって常にピタリと揃ってるわけじゃないし、、、つまり、音楽って何が正しいというのはなくて、聴き手の気持ちなんかも半分くらい入ってるんじゃないかなあと思えてくる。

どっちにしても、この時間がずーっと終わらなければいいのになあという時間だったことは確かです。本を読んでいて、この物語がずーっと終わらなければいいのに、と思うことがありますが、それが音楽だとこうなるんだ。聴き終わったとき心から満足していました。

今週の通勤時間は、自分の好きなビッグバンドを集めたプレイリストをずっと聴いていて、その中にラプソディ・イン・ブルーも入っていました。久しぶりにこのプレイリストを聴いたので入れていたこと自体を忘れていたのですが、聴き始めていろんなことを思い出した。その録音は、指揮 マイケル・ティルソン・トーマス、演奏 コロンビア・ジャズバンド、ピアノ ガーシュウィンのピアノロールというもの。なぜこれが入っているかという話、長くなりますが書きます。

もう10年以上前の話ですが、父が他界してからしばらく経った頃、ある音楽雑誌の方から父宛に電話がかかってきました。セールスでもなさそうなので用件を聞くと、以前父がその雑誌に投稿した文章を読者の投稿をまとめた別冊に収録したいのでその了承を得たい、との問い合わせでした。父は亡くなったが、家族の同意でよければどうぞと伝え、また、父の書いたものを読んでみたいのでもし良かったらそちらにある父の投稿を送ってもらえないかとお願いしてみました。その方は快く了承してくださり、掲載誌と父が送った葉書をわざわざ探してくださり、丁寧なお手紙をつけて送ってくださったのです。その雑誌はクラシックの様々な楽曲について読者が選ぶ名盤のランキングとランクインした録音について読者が投稿した紹介文がいくつか掲載されているという内容で、父の投稿もいくつか載っていました。(担当の方がわざわざ探して付箋をつけて送ってくださいました。)その中の1曲がラプソディ・イン・ブルーの上に書いた録音でした。それならそのCDが家にあってもおかしくないのですが、父の死後、親戚やご友人の方たちが我が家を訪ねてくださった折に、父のCDを差し上げたりしていて、最終的には200枚くらいが人手に渡りました。その過程でどなたかの手に渡ったのか、このCDは残っていませんでした。幸い、この録音が結構メジャーな録音だったのか、その後、近所の図書館にあったので無事に私のプレイリストに入ったのでした。

昨日の朝、その録音を聴いていて、ガーシュウィンは怒るどころか「こんな風に演奏してもらいたいんだよ!」と思っているに違いないと確信。オーケストラで聴くラプソディ・イン・ブルーよりもむしろNNHに近いような気さえする。

このエントリを書くのに当たって、ついさっき父の投稿をもう一度読んでみたら、、、「最近お上品になりすぎた演奏が多いが、このCDでは、もともとはいかに素朴で、いきいきとした活力にあふれたものであったかを教えてくれる。」だって!父、わかってるやん!

というような後日談までできてしまったのでした。

終演後は久々のメンバーの皆さん全員によるサイン会があり、ずらっと並んだメンバーの皆さん一人一人に握手までしていただきながらサインをいただき、それから、去年の年末にNYフィルの「ボレロ」(ラヴェルの)を聴いてからずっと小曽根さんに伝えたかったこと、「NNHでボレロやってください!絶対かっこいいと思うんです。」と伝えられて、(小曽根さんに「ボレロってラヴェルの?ああ~、いいかもね。うん、いいかもね。」と2回言ってもらった♪)もう何から何まで大満足なコンサートでした。

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More
by fumiko212 | 2011-11-03 01:18 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

長生きしたいと思ったコンサート

ひいおじいさんが88歳、祖母が72歳、伯母が今年70歳(もちろん今も元気です♪)、身内で70を超えられたのは3人だけのF家。(これから伯父、伯母たちにどんどん超えていってもらわないと困りますが。)なんとなくあまり長く生きないような気がしている私ですが、今日は長生きしたいと思いました。70歳になってもコンサートホールに行ける身体でいたいです。


響きの森クラシック・シリーズvol.37 ※完売御礼
2009年世界最難関とも言われるハノーファー国際コンクールにおいて、史上最年少の16歳で優勝を果たし、一躍世界で話題となった俊英、三浦文彰が登場。若手音楽家との共演でも評価が高いコバケンこと、マエストロ小林研一郎とのメンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲にご期待ください。

というコンサートを聴いてきました。2009年にハノーファーのコンクールで優勝した三浦君。優勝直後の凱旋コンサートが急遽東京で開催されたのが2009年12月でした。オーケストラは東フィル、コンマスは三浦君のお父上で2人で二重奏もしたのだとか。感動的なコンサートだったようです。行きたいと思いつつ毎年12月はお芝居やコンサートが重なっていたのでパスしたのですが、聴きに行った母が大絶賛大興奮していたので涙が出るほど後悔しました。

オーケストラの公演スケジュールはきっと2年くらい先まで決まっているのでしょう。あれから三浦君を聞くチャンスはなかなかめぐってこないまま月日が過ぎ、今シーズンあたりからようやく国内で頻繁にコンサートが開かれるようになってきたようです。

3月には杉並公会堂に出演するコンサートのチケットを買っていたのですが、それが震災の翌週でした。そのコンサートは中止に。その後、4月にサントリーホールで行われた震災のチャリティコンサートで、1楽章だけでしたが今日と同じメンデルスゾーンを聴きました。そのつややかな音といったら!これはぜひともフルで聴きたい。

そして今日です。今日もオケは東フィルでコンマスはお父様でした。コバケンに促されるようにコンマスとササッと握手した場面では客席から笑いがこぼれました。オケの皆さんも終始笑顔。
演奏が始まるとそんな和やかムードは一変して、若き作曲家の苦悩の世界(というのは私の勝手なイメージですが)を全身で表現。緊張感がぴんと張り詰めた中でどんどん駆け上がっていくような疾走感。身体全体が楽器になっているかのような演奏でした。

あんなつやつやした音がどうして出るんでしょう。私の耳はどうも高音に弱いらしく、女性のソプラノの声やヴァイオリンの高音というのはきれいな演奏であってもたまに辛く感じるのですが、決してまろやかというわけではないのに不思議と耳にやさしい心地よい音でした。勢いがある伸び盛りの音ってこういう音なんですねー。曲と演奏家の年齢やキャリアがマッチしてるっていうのかなあ。この先どんな演奏家に育っていくのかわからないけれど、この年齢でしか演奏できない音が今日聴いた音なんだろな。

休憩を挟んだ後は「シェヘラザード」でお父様のソロをたっぷり。こちらはまた円熟味のある深い音で、年齢を重ねたからこそ出る音というのを実感。

そういえば、4月のチャリティコンサートでは、三浦君のヴァイオリン、小山実稚恵さんのピアノ、堤さんと徳永さんのチェロとヴァイオリン、と続けて聴いて、演奏家の年齢というものがいかに演奏に反映されているのかというのを目の当たりにした記憶がよみがえりました。

そこで、このエントリのタイトルに戻るのですが、三浦君はまだ18歳。例えば彼が50歳になったときにどんな演奏をするのか?これを聴かずに死ねるか!ですよ。70歳まで生きてもまだ40代の三浦君までしか聴けないんだ。ひえーっ。頑張って健康で長生きしなければ。

今日のコンサートはお客さんの雰囲気も良く、昼の公演だったのでアンコールに「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲を聴き、心が洗われるようないいコンサートでした。これでチケット代が3500円。素晴らしい!
by fumiko212 | 2011-09-23 22:51 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

Road to YAMAHA HALL

8月某日、チェロを習い始めて2年と4ヶ月経ったこのタイミングで、はじめてのホールでの発表会に参加しました。スクールの広い部屋でのプライベート発表会(同じ先生に習っている生徒同士で発表しあう)のようなものは1度あったのですが、ピアノの伴奏がついて家族にも聴きに来てもらって、という発表会ははじめて。しかも、会場は新しくなったばかりの銀座ヤマハホール。あの小曽根さんもコンサートをされたホールですよっ!これは鼻息荒くなるってモンです。さらに、先生の方針では今回が最初で最後になりそうな気配だったので、これはもうヤマハホールで演奏することを思う存分に堪能する発表会にせねば!と自分の中ではかなり気合が入っていました。

8月に入ってすぐの発表会だったのですが、曲が与えられたのは5月の連休明け。できれば連休前にもらって連休中にたっぷり練習したかったなー、などと思ったものですが、後から思えば連休中に練習する余裕はなかったので結果オーライ(なのか?)ということで、3ヶ月で人様に聴いてもらうに耐える演奏に仕上げなくてはならないということになりました。とはいっても私たちは4人で同じ旋律を演奏するので、4人で演奏したときに聴くに堪えればOK。本当に心強いですが、やはりそうは言っても1/4の責任を果たさねばなりません。

先生が選んでくださった楽曲はヘンデルの「ラルゴ」。原曲はオペラのアリア(「セルセ」という作品中の「オンブラ・マイ・フ」とも呼ばれている曲です。)で、まあ有名な曲です。が、私は最初聴いたときにえーっと知らない曲?などと思ってました。おっそろしいことにその日の朝の「題名のない音楽会」で聴いた曲なのに、一致していなかった。家でギクシャクと楽譜をさらっていると、母に「オン・ブラ・マイフ」演るの?と言われて、あ、そうだよね、その曲だよねこれ、と気付きました。あー、悲しいド素人。

それまでの私の練習頻度は、まあ、チェロがすきー!と言いながらも1回30分(それ以上つづけると股関節や右腰の辺りが限界で整体に通わずには続けられなくなるという体たらく)、週に多くて2回というかなり恥ずかしいもの。でも、この3ヶ月は早く帰った日は短時間でも毎日練習するぞ、そして平日には最低限の予定しか入れないぞ(元々予定なんてあまりない生活ですから、この点は苦労しませんでしたが。)と心に誓いました。毎日というのは自分でも無理だろうと思っていましたが、それでもレッスンがない週6日の内、平均週4回は楽器を取り出したように思います。(いや、3回の週もあったかなー。汗)

指の力が足りなかったり指が開かなかったり思うように指が動かないことによる弾けない場所というのはなさそうなのですが、ポジション移動が頻繁にあって音が正確に取れないのと、ロングトーンで弓が足りなかったり音がゆれてしまったりと弓の扱いが厳しい箇所が非常に多いというのが弾き始めたときの印象でした。
それと、同じメロディを2回繰り返すのですが、なぜか弓順(ボウイングというのかな?)が変わる場所があって、そこは絶対に間違えそうだし2回目の弓順だと伸ばすところで弓が足りない感じになりやすかったり、そんなことにも行き当たりバッタリに困っていました。

それから、まだ音階くらいしか弾けなかった頃に買った自分の楽器、音が気に入って買ったつもりだったけどレッスンが進むにつれてどうにもこうにも弾きにくく、本番では自分の楽器を使わなくてはならないというのが大きなプレッシャーでした。
できないのを楽器のせいにするのはナンですが、買ってから一度も変えていない弓の毛というか松脂の感じもなんだか調子が悪いような気がしてきます。先生に質問したら替えたほうがいいとのこと。それならと替える気満々だったのですが、なんかグズグズしているうちに本番がどんどん迫ってきて、今更毛替えして弓の感じがすごく替わっちゃったらかえって弾きにくいかも、という心配も出てきて、結局そのままに。練習頻度が増えてくると益々弓の感じが気になって、、、という悪循環。さっさと替えておけばよかった。。。

そんなこんなで瞬くように時は過ぎ、本番1週間前のリハーサルの日がやってきました。リハーサルはホールでは行わず、スクールの大きな部屋で行います。いつもはスクールの楽器を借りてレッスンを受けていますが、この日は自分の楽器持参。
楽器に関する心配事の1つの弾きにくさはこの頃には少し解消されていました。思うに、家での練習時間が増えたことにより、スクールの楽器よりも自分の楽器を弾く時間が長くなったというのが主な理由だと思います。いかにそれまでの練習量が少なかったかということです。
そういう意味では、自分の楽器と仲良くなれたのが今回の発表会の成果の一つかもしれません。

この時はじめてピアノの先生の伴奏に合わせて演奏しました。1回目は入りどころも最初の音の拍数も4人とも取れずに大崩壊。ピアノの先生のフォローで何とか最後まで通して演奏しましたが、全員真っ青。さらには私は個人的に恐ろしく緊張してしまい手が震えているのです。その自分の緊張しっぷりに益々緊張。
先生にアドバイスを受けてもう一度通しました。そのときには何とか見失わずに演奏できましたが、なんとなくおっかなびっくりでした。2回通したら時間切れで教室から出てみんなで当日の打ち合わせ。服装やら、楽譜を確認しあって入るタイミングを再度確認し、今日の録音音源を皆さんにメールすると約束して解散しました。

そこからの最後の1週間の練習は気合が入りました。今思えばリハーサルが1週間前で本当に良かった。録音した先生の伴奏に合わせてひたすら練習。とりあえず入りどころでの事故は起こらないだろうという気持ちで当日を迎えました。そうそう、この最後の1週間では、それまで行き当たりバッタリに弓が足りなくなっていたところを自分なりに楽譜に書き込んで、その手前の弓を使う量を調節したりもするようになりました。まったく気付くのが遅いです。この1週間は体調管理も結構気を使いました。とにかく早寝!目標1日8時間睡眠!もう、判で押したように規則正しく過ごしました。

当日は、出番前にチューニング室で先生がチューニングをチェックしてくださり、音出し室という部屋を6分間使用できるとのことでした。それまでのレッスンや自宅での練習で、その日の1回目の演奏は大概ボロボロになることに気付いていた私は、当日の一発目の演奏が本番というのは避けたいなと思っていました。リハーサルでもなんとなくそれが証明されたので、前日にみんなにメールをして、当日は音出し室で1回通して演奏しましょう、という作戦を立てました。そのため、私は伴奏の入ったiPhoneを持って本番のステージに行く事に。

当日は、自分たちの出番までバイオリンクラスの人たちの演奏を客席で聴きました。自分のことを棚に上げて書きますが、大人のクラスの発表会の演奏を聴く基本姿勢は「温かく見守る」というもの。上手なグループ(個人)もいらっしゃいますが、人によってはかなり破壊的な演奏をなさっていました。それを聴いていると、私たちの演奏も客席にはこんな風に音痴だったり破壊的に聴こえるのか?と自分の緊張もMAXに。そんな得体の知れない緊張感とともに出番が近づいたので楽器を取り出して控え室方面に向かいます。
先生の顔を見て少しホッとして緊張感がほぐれ、チューニングもバッチリしていただいて、予定通り音出し室でみんなでせーので演奏しました。そのとき、最初の音程が4人ともピタリと合っていたのです。なんだか鳥肌が立つほど感動しました。いつもの1回目とは打って変わって結構いい感じに弾けました。後から、この1週間、皆同じように気合を込めた練習をされたとおっしゃっていました。それが通じ合ってあのピタリと合った音が出たんだと思いました。

大きなエレベーターに乗ってステージ脇に移動。直前のグループの演奏が聴こえてきます。ヤバイ。こうやって人の演奏を効くと猛烈に緊張してくるのです。私は人前で話すのに緊張することはあまりなく、むしろマイクを持つと元気になるタイプ。なので、緊張に対する心構えが全然できていなかった。緊張していることに焦ります。リハーサルで手が震えたときも、本番はきっと元気になっちゃうんだろうな、程度に軽く考えてたけどとんでもなかった。

そうこうしているうちに前のグループの演奏が終わり、チェロのトップバッターだった私たちのために先生が椅子をセッティングしてくださり、楽器とともに入場です。そういえば、楽器と弓と楽譜をどうやって持って歩くのかとかも結構緊張の材料でした。退場後は客席に下りて階段を登らなければならず、エンドピンを伸ばしたままの楽器を持って転ばないかが一番の心配だったり。とりあえず滞りなく着席。もう、緊張で客席は一度も見られませんでした。ピアノの前奏が始まり、最初の音。またもや音程はピタリと合っています。でも自分の指を見ると弦を抑えていない指が小刻みに震えている。次の音でこの震えた指で弦を押さえられるのか?と焦ります。しかし、そんなことを考えていたのかどうかも思い出せません。曲はどんどん進み、あんなに先生のピアノとお互いの音を聴いて、と思っていたのに、自分の音しか聴こえてこなかった気がします。弦を抑えられないまま開放弦で音を出してしまったところがあったなーというのは覚えています。2回繰り返すメロディの1回目が終わって、ピアノの間奏を聴く間、深呼吸。さあ、後半は落ち着いて。と思っていたのにやっぱりメロメロ。あー、もう終わってしまう。最後のフレーズをffで繰り返すところがやってきました。先生からはどんなことがあってもここから入ること!と教わっていたことを思い出し、気合を入れなおしてその部分に突入しました。何とかこの部分は気持ちよく少し冷静にそしてしっかりと音を出せた気がしました。それもあって、終わった後は結構な満足感がありました。

今思うと、あの緊張さえなかったらもう少ししっかりと全体を弾けたんじゃないかと思います。緊張克服のために、ヨガでも始めようかと思ってますよ。もう、チェロを上手く弾く(というか練習の成果を存分に本番で出す)ためにできることなら何でもします。

無事本番が終わり、なんとなく満足感をかみ締めつつ、他の方たちの演奏を最後まで聴いて会場を後にしました。

聴きに来てくれた家族の反応はイマイチ(社交辞令的に良かったよと言ってくれたけど)でしたが、同じくヤマハで声楽を習っている伯母は、大人の教室の発表会の悲喜こもごもを十分に理解してくれているので、終わってすぐに「良かったよ~。」と褒めてくれました。

そうなんです。やっぱり大人の教室は音程の正確さや音の綺麗さ、テクニックの追求にはある程度限界があります。子供の頃に習っていればもっと綺麗な音や正確な音を出せるかもしれないけど、そういう環境には恵まれなかった。だけど大人になってからやりたい!という思いをここにぶつけている。習い始めるのだってすごく勇気がいったし。私たちは4人グループだったけど、2人で二重奏をしたり、同じグループの人が出演できなくなり急遽先生とデュオで出たり、という方もいて、その勇気にも感動します。
あるアンサンブルのグループでは、杖をついたご高齢の男性がスタッフの方に楽器を持ってもらって登場しました。椅子に座ってチェロを構え、堂々と演奏される姿にも胸が熱くなりました。

翌日のレッスンでは、先生から結構褒めていただき、レッスン後は軽くお茶会で打ち上げしましょうという予定が昼からビールの会になりいい感じに盛り上がりました。他のグループの演奏をいろいろ聴いて、われながら自画自賛でおめでたいとは思うけど、チェロという楽器、熱心にご指導してくださる先生、いい曲を選んでいただき、そしてメンバーにも恵まれ、本当に幸せだしついてたなーと思います。

今回の発表会は曲をいただいてからの3ヶ月を含め、いろいろな意味で実りの多い体験でした。一番の収穫は、チェロを弾くことが前よりももっと楽しくなったこと。明日のレッスンも楽しみです。
by fumiko212 | 2011-08-27 23:46 | 音楽 | Trackback | Comments(2)

音楽メーターというものも

読書メーターと同じようなシステムで聴いたCDを記録できる音楽メーターというものもあるそうなので使い始めました。聴いた音楽をいちいち記録するというのはなんとなくナンセンスな気もしますが、私が聴くのは父が大量に残したCDなので、後からこれは1回でも聴いたんだと見返すことがあるかもしれない。音楽ものの本を読んでいて、その曲を聴きたくなったときにすぐに聴けるので父のCDは非常に役に立っています。

オンブラ・マイ・フ~ヘンデル&モーツァルト:アリア集オンブラ・マイ・フ~ヘンデル&モーツァルト:アリア集
チェロ発表会で演奏するに当たり、「オンブラ・マイ・フ」のイメージを膨らませたくて聞いた。しかしどんなにイメージしてもそのように演奏する技術がないのだなー。トホホ。
聴いた日:07月30日 アーティスト:ラーモア(ジェニファー)

シューリヒトの芸術(ブルックナー:交響曲第3番、第8番、第9番)
実際に聞いたのは8番、9番のみ入っているもの。ベルリンフィル来日公演の予習というかチケット取るぞの意気込みで9番を聴いた。聴くの楽しみ。
聴いた日:07月18日 アーティスト:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ、他ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ、他
ベルリンフィル来日公演チケット取るぞ!の意気込みで聴いた。これも楽しみだ。
聴いた日:07月18日 アーティスト:クリュイタンス(アンドレ)

塩谷哲&小曽根真【デュエット】塩谷哲&小曽根真【デュエット】
久々に聴くとやっぱりすごいデュオだ。また生で聴きたい。
聴いた日:07月18日 アーティスト:塩谷哲&小曽根真

デュエットデュエット
こちらも同じく。最高のデュオです。
聴いた日:07月18日 アーティスト:小曽根真&塩谷哲

ザ・トリオザ・トリオ
久々にジャズ弾きまくりのかっこいい小曽根さんを聴きたくなって。BIGININGかっこいい!
聴いた日:07月18日 アーティスト:小曽根真

Angels / Voices From EternityAngels / Voices From Eternity
ムットーニ「WINGS-LOST」に使われていた曲が入っているので。グレゴリオ聖歌を元にアレンジした曲ということだけど全部聴くのはやはり飽きて、目当ての曲だけ聴いた。ムットーニさんはどうやってこういうCDを見つけるのだろうか。
聴いた日:07月18日 アーティスト:Joel Cohen with Tod Machover

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲チャイコフスキー:ピアノ協奏曲
小山さんのコンサートで聞いてきて、オケがあまりに???だったので確認したくて聴いた。CDでオケの音をつぶさに聴くのはどうもよくわからず。なんだか釈然としないコンサートだった。小山さんが良かっただけに納得いかない。
聴いた日:07月18日 アーティスト:アルゲリッチ(マルタ)

プロコフィエフ/バレエ音楽「ロメオとジュリエット」プロコフィエフ/バレエ音楽「ロメオとジュリエット」
茂木さんの本で交響曲の方を録音するまでの話を読んで。デュトワのしつこい練習、ヨーロッパツアー中も厳しさにさらされ神経をすり減らし、最後にウィーンで録音。100%の演奏とあったとおり素晴らしかった。完璧に合った木管のリズムに鳥肌。
聴いた日:07月18日 アーティスト:NHK交響楽団

モーツァルト : オーボエ四重奏曲 ヘ長調 K.370モーツァルト : オーボエ四重奏曲 ヘ長調 K.370
茂木さんの本でこの曲を録音した話を読んで聴いてみた。オーボエっていい音だけどずっと聴いてると全部同じに聴こえなくもない、が、さすがモーツァルトでまったく飽きずに1枚聴き通した。
聴いた日:07月18日 アーティスト:ホリガー(ハインツ)
by fumiko212 | 2011-08-16 10:47 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

佐渡さん、ありがとう(6/12追記)

先ほどからテレビで佐渡さんのベルリン・フィルデビュー関連番組を見ています。

ベルリン・フィルのリハーサルにカメラが入り、その一部始終を見ることができるなんて。日本人である佐渡さんが定演の指揮台に立つということでもなければ見ることができなかった。そしてデジタルコンサートホールで見られるようになったとはいえ、ベルリン・フィルの定演をテレビ中継で見られることもめったにないことです。

現在は1曲目の武満の曲が放送されています。このような特別な演出に出くわすことがあるのも定演の醍醐味だと思っています。武満がこのような形でベルリン・フィルに取り上げられるのも佐渡さんが日本人だからこそ。そんなときに演奏できる日本人作曲家の曲がある。武満にも感謝です。

佐渡さんは見るからに情熱的で感情豊かな人柄を感じさせますが、実力と人柄の良さを併せ持っているだけではまだ不十分で、そこにコミュニケーション能力の高さ、さらにはしたたかさ、そして運の強さ、そういうものも併せ持っているんだな。

佐渡さんが何度か言っていた印象的な言葉があります。楽団員にいかに自分たちの意志で自分たちのやりたいように演奏していると思わせるかが大切だ、と。
自分の仕事について漠然と考えていたことがこの言葉に表されているように感じました。そのように思える仕事を持てていることにも感謝です。

11月のベルリン・フィルの日本公演は絶対に聴きたいけど、やっぱり現地の定演を聴いてみたい。できれば1シーズン通して聴きたい。そんな夢のようなことを考えてしまうなあ。


>>追記(6/12)<<
夕方の再放送をまた見て、昨日書いたことに補足したくなりました。
佐渡さんはいろんなものを併せ持っている。それはそうなんだけど、思いはひとつだけ、今日のこの演奏を最高のものにしたい、仲間といい音楽を作りたい、そのひとつだけだったんだ。
by fumiko212 | 2011-06-12 00:17 | 音楽 | Trackback | Comments(2)

ラ・クァルティーナ@文京シビックホール

N響のチェロ奏者4人のアンサンブル、ラ・クァルティーナのコンサートに行ってきました。行ってよかった!楽しい!の一言に尽きるコンサートでした。こんなにニコニコしてしまうコンサートは他にはNo Name Horsesくらいしか思い出せない。
チェロ4本でこんなにいろんな表現ができるんですね。素敵だったなー。

プログラムが手元に無いので正確なタイトルがわからないのですが、後半のプログラムではモーツァルトの曲を何曲もつないだ組曲を演奏しました。この曲にまつわるエピソードもすごかったのですが、演奏はもっとすごかった。知ってる曲ばかりなので楽しめるし、さらにあの曲をこんな風に演奏するのか!という驚きに満ちたアレンジでした。そして、自分がモーツァルト好きなんだということも再認識。父が作った胎教とか幼児教育に良いと言われているモーツァルトの曲をつないだテープを聴いて育った影響なのか、身体が覚えているという感じ。足元がおぼつかない時代からモーツァルトで踊っていたらしいですから、私にとってはソウルミュージックみたいなものなのかもしれないです。

話が前後しますが、前半はオーケストラで演奏する曲が中心のプログラム。ブラームス3番の3楽章は素敵だった!こんなメロディーをいつか奏でてみたい。
後半は映画音楽などポピュラーミュージックが中心でした。ここではやはりダントツにニューシネマ・パラダイスが素敵でした。

メンバーのみなさんの温和なお人柄もなんとなく伝わってくるような、あったかいコンサートでした。それから客席の雰囲気もすごく良かったのが印象的。きっとみんなチェロが好きで、ニコニコしながら聴いていたんだと思う。クラシックのコンサートにありがちなギスギス、ピリピリした空気がなくて、この時間を楽しもうという客席の空気が心地よかったです。以前、N響の定演でもらう機関誌のインタビューコーナーでもチェロバートは特に仲がいい、とメンバーの方が語っていたことを思い出します。

アンコールでは、ラブ・ミー・テンダーが演奏されました。なんと、私たちが始めて演った曲!4人いるとこんな表現ができるんですね!感動。私たちのクラスも4人組。なんか、自分達の将来を勝手に思い描いてにんまりしてしまった。笑 みんなで細く長く頑張れたらいいなー。

翌日はN響定演でNHKホールへ。昨日の4人の内、3人の方がステージに上がっていました。前半は弦楽の曲で、パート内で個々人が更に皆違うパートに別れているような珍しい曲(R.シュトラウス/変容)でした。昨日とはうって変わって、大ホールに厳かに響き渡る音に圧倒され、一流の演奏家の凄さを実感した2日間でした。

それぞれのメンバーの皆さんのソロの演奏会も聴いてみたくなりました。特にクァルティーナでは低音を担当されていた方の音の響きが素晴らしかったので、高音はどんな音を出されるのか、聴いてみたい。もらってきたチラシに確かコンサートのお知らせがあったような…。

ラ・クァルティーナの次のコンサートは7月に鎌倉芸術劇場で予定されているそうです。お近くの方は是非!
by fumiko212 | 2011-06-07 00:47 | 音楽 | Trackback | Comments(0)