7月1館目:すみだ北斎美術館/ますむらひろしの北斎展

そのうち行きたかった北斎美術館に行ってきました。建築は妹島和世さんなのだそうです。妹島さんと言えば行ったことあるのは21世紀美術館と犬島の家プロジェクトくらいしか思い出せない、、、のですが、何となく「ああそうか」と思ったのが、外から見ると大きな1つの建物なんだけど、分かれているところとつながっているところがあって、小さな開いた箱の集合体みたいなイメージがあって、そんな印象を受けました。あってるかな、、、
それから、学芸員さんの解説で知ったのですが、すみだ北斎美術館のロゴマークは北斎の版画「山下白雨」で富士山の裾野を切り裂く稲妻がモデルなんだそうです。そもそもこのロゴを知らなかったけど、考えた人すごい~。常設展には所蔵品の複製画が展示されているそうで、ざざっと北斎の生涯の作品の遍歴が見渡せるのですが、若いころ(と言っても今見直したら35~45歳)に琳派の頭領が使う雅号「宗理」を名乗っていた時代があったそうで、琳派の流れの中に北斎が存在していたということ?なんでしょうか、、、でもそのあと琳派から外れてどこの派にも属さないと宣言したとありました。このあたりの疑問を解決しないままにするのが私のダメなところなんだよな~。北斎と言えば、去年、上野の西洋美術館に「北斎とジャポニズム展」を見に行ったのに琳派なんて言葉は出てきたかなあ、、、全然頭に残ってない、、、

脇にそれますが、あの展覧会はとっても混んでたけどとても面白かった。北斎が西洋美術に与えた影響をたどる展示で、絵画にとどまらず工芸の分野からの作品も多くて、どれだけブームだったのかが窺えました。そのあと常設展で北斎が伝わる以前の西洋絵画を見て、さらに理解が深まったのでした。常設展見てよかった。

さて、話は戻って北斎美術館の企画展の方。ますむらひろし氏は今回の展示で初めて知りました。漫画家さんで「銀河鉄道の夜」を漫画で描いたりされているそうです。今回は氏の「アタゴオル」という作品の登場人物(というか猫なんですが)が北斎の作品上に現れる作品シリーズの展示でした。「アタゴオル」というのは神話の世界のことと私は理解したのだけれど、ヒデヨシという太っちょで酒飲みのおっさん猫、まあイメージとしては古田新みたいな大猫が主人公らしい。ヒデヨシが北斎の版画の世界の中を我が物顔で生きている、見ているとなんだかニヤニヤしちゃう作品。
面白かったのはますむらさん自らが書いた解説文で、この一連の作品制作(北斎版画の模写)過程で気づいた北斎作品に対するツッコミや感嘆を率直に語っているところ。何度も出てくる言葉が「遠近法が間違っている」。北斎は西洋美術にも接していて正しい遠近法を習得していたはずだからこれはわざとやっている、と。遠近法を壊してでも構図をドラマティックにすることを選んでいることに氏は模写の過程でいちいち気づかされたのだそうです。

ルネサンス期に完成した遠近法は、画家にとって絶対に必要な技術とされていたけれど、ラファエル前派や印象派の画家たちにアカデミズムの象徴として否定されていった(写真の登場により遠近法的に正しい絵画の必要性も薄れていった時期と重なる)という話を聞いたときに、それじゃあ遠近法はもう絵画の世界では必要なくなってしまったのか?という疑問が自分の中に残っていました。そんな矢先に、今やってる朝ドラで、漫画家となったスズメちゃんがアシスタントに「ここ、パース間違ってる!」とダメだしするセリフがあって、そうか、漫画の世界では遠近法が正しいことが今でも絶対に必要なこととして存在しているのだな、と気づいたところ。つまり、漫画家であるますむらさんはアカデミックな教育を受けていた19世紀の画家たちと同じ目を持って北斎を見ている、ということなのかな。素人の私はそもそも正しい遠近法かどうかなど気にしてないし(それも問題?)、絵画と言えばもっぱら印象派以降の作品ばかり好んで見ているので、そういう気付きがないのだな。それでも、去年のジャポニズム展の後で、常設でルネサンス期の作品を見たときに、「これは確かに北斎を知る以前の西洋絵画だ」と思えたのは、そういうことだったんだね。
文章長くて伝わらないと思うけど、自分の中ではいろんなことがつながってすごく納得できたので、ますむら北斎展を見られたのは本当によかったと思ってます。

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# by fumiko212 | 2018-07-13 23:10 | アート | Trackback | Comments(0)

6月3館目:teamLab★Borderless

目標月3美術班活動の6月の最終回はできたてホヤホヤのチームラボボーダレスに行ってきました!オープンが6月21日で私たちが行ったのが6月27日。美術班の編み出した、オープン2週目の金曜日は空いているの法則、今回も当たりました!昼間にメディア取材が組まれていた日だったためと思われます。それか夕方はいつもあの程度なのかな?行列したの?と後から聞かれて、あの日はラッキーだったのかな?と思った次第。

既にSNS上に写真があふれていたので何となくイメージを持ってはいたけれど、実際はこんな風なのか!という興奮の連続でした。滞在4時間弱では全然足りなかった~。昭和世代の私などは「デジタル」アートというと有機的な対象を無機的な方法で表現するっていうイメージがどうしても抜けなかったのだけれど、表現としても有機的な媒体になっていることを認識した。

展示内容をいちいち私がここに説明してもあまり意味がないので、とにかく面白かったからまた行きたい、と帰るときにすでに思っていたことを書いておきます。閉館時間の22時に会場を出たときに、隣を歩いていた小4くらいの男子が「5時間も遊んでたのか!」とつぶやいていたことが、この美術館の魅力を表していたと思う。テーマパークよりずっと創造的に遊べたに違いない。触れないものも一部あるけど、触ったり上ったり飛び跳ねたりできるスペースがある美術館は他にはまだあまりない。
海外からと思われる人たちもたくさんいて、自分が美術館のために世界のあっちこっちに行くように、この美術館のために東京に行きたいと世界のアート好きに思ってもらえる施設になっていくのだろう。

翌日気づいたことがひとつ。ブログを書くときに美術展のタイトルだけは正確に書くために、チケットを取っておくのだけれど、そういえばチケットはスマホのQRコードだったので手元に残っていない。チラシ、もしくは作品リストもなし。そして、美術館につきもののミュージアムショップがなかった。写真や動画は取り放題なんだけど、形あるものは手元に何も残らないのだ。私はここにちょっと感動した。最近のミュージアムショップのグッズの凝りようはすさまじく、そこでの買い物も一つの楽しみにはなるのだけれど、せっかく見た本物の名画の印象が、最後に見たお菓子の缶やクリアファイルに印刷された印象にすり替わってしまう感じがしてちょっとなあと思うこともある。でも、この美術館に関しては、何も手元に残らないところにもきっとこだわっているんじゃないかなと思った。

7月末まではオープン記念価格でちょっとお得に入場できます。できればたっぷり時間を取ってもう一度行きたい、と思っていたら、7月7日にチームラボプラネッツというのがオープンしたというので、今月はそっちを攻めたいと思います。

最後に、チームラボボーダレスにこれから行く人への覚書。
・6時間くらいあるとカフェを含めて全部堪能できるかな?それでも足りないかな?
・上階ですごく時間を使う
・館内マップはないので見逃し注意
・カフェはお茶のみ(これも展示の一部とのこと)なので空腹対策が必要(例えば仕事帰りにそのまま入場して22時まで見ていると周辺の飲食店のラストオーダー過ぎてしまう。)
・服装はスニーカー(レンタルあり)、パンツ(床が鏡張りの部屋あり)が良い
・荷物は少なく(ロッカーあり)
・アプリを入れていくと楽しい(館内Free WiFiあり)
・一人より何人かで行った方が楽しい

6月3館目はホントにエキサイティングだった。こういうの好きだ~。

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# by fumiko212 | 2018-07-12 23:32 | アート | Trackback | Comments(0)

プラスチックごみをやっぱり減らしたい

一昨日あたりの朝日新聞で以下の記事(引用)を見てまたまた考え中。

"世界の海を汚すプラスチックごみを、どう減らしていくか。具体策を各国に促す「海洋プラスチック憲章」が、先のG7首脳会議で議論になった。

 英仏独伊とカナダ、EUが署名したのに、日本は米国とともに見送った。中川雅治環境相は「市民生活や産業への影響を慎重に検討する必要がある」と釈明するが、国内外のNGOから失望の声があがっている。"

なんたること!海産物を多く食べる日本がなぜ?またもや産業優先ですか、、、

食品業界の各国ニュースのまとめを読んでいると、去年あたりからプラスチック製のストローやカップ、食器などが続々と各国で規制対象になっているのに、日本ではそんな雰囲気はどこからも感じられない、、、規制がなくてもスタバあたりがこの夏から率先して取り組んだらいいのになあ。

人様はともかく、自分ができることから考えてみた。元々コンビニで惣菜を買ったり、カップ麺を食べたりしないので使い捨て食器のようなものにはあまり縁がない。でも家でアイスコーヒーやアイスティを飲むときにストローは使ってた。これを今シーズンはやめています。氷をぎちぎちに入れてコップから直に飲み始めると、氷がごろんと動いたときに中身がピチャッとこぼれることがあったりしてストローを使ってたんだけど、気を付けて飲めばよいと気づいてそうしました。使ったストローは可燃ごみに出すから、私がこれを気を付けたところで海に流れ出るプラゴミが減るとは思えないけど、、、でもこれって気持ちの問題だから。

そういえば、昔使ってた粒粒入りの洗顔料。あれはとっても影響していたそうですね。顔を洗うのは石鹸派なんですが、旅行とか用にチューブ入りの洗顔料を買うと最近でも粒粒を感じる製品てあった気がする。私の”最近”の記憶は10年前だったりするから何とも言えないけど。

しかし、これからの季節、私がたまに買うのがコンビニのアイスコーヒー。あれ、ぷらカップに入っているよね。マイカップを持参しても、どこかのコンビニは冷凍庫にある氷を買う方式だったから結局プラカップを捨てないといけない。その前にマイカップを持っていないからコンビニで買うんだしなあ。せめて空カップは持ち帰って可燃ごみの日に出すようにすれば安心かなあ。うーむ。


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# by fumiko212 | 2018-06-23 08:38 | つぶやき | Trackback | Comments(0)

6月2館目:柚木沙弥郎の染色 もようと色彩/日本民藝館

日曜美術館でみたいなと思ったときは会期終了間近。一度行ってみたいとずーっと思っていた日本民藝館に行ってきました。混んでた。仕方ない。混む原因を作った一人になってるのは自分だ。
混んでたんだけど、空いてたらもっと良かったけど、不思議と混雑のストレスをほとんど感じない美術館だった。こういうことってたまにある。美術館の空間の良さ、展示物の仕方、来ているお客さん、なんかが影響しあうのだと思う。

染色家柚木沙弥郎さんのことは件の日曜美術館で知ったけど、民藝のポスターは見たことがある。その人だった。既に90歳を超えるご高齢で、日本民藝館を愛し、今もふらりと訪れることもあるそう。番組で染色の型紙をザクザクと切る姿は、それはもうマティスと重なる。
展覧会のタイトルも「もようと色彩」。マティスの切紙絵をこの半年見続けていた私には、面白いように入ってくる作品ばかりだった。色彩と形が調和しながら、1枚の布の中で絶妙の緊張感を持って存在している。晩年に向かうほどその形は大胆になっていき、緊張感が研ぎ澄まされていくように感じた。大きな反物ではパターンが繰り返されていた時代を経て、近年の作品は1枚に1つの模様だけ。色も1色だけ。単純化されているのに緊張が増し、図と地がどちらがどちらかもわからない。攻撃的な緊張ではなく、研ぎ澄まされているのに何かゆったりした印象がある。
多色染めのものも面白くて、2色の版の染が微妙にずれて色が重なる部分があり、その重なる色の深さが全体を引き締めていたり、赤と緑の補色に黄色がプラスされたり、2種類の補色を組み合わせ4色でパターンが続いたり、、、と組み合わせは無限。こういった作品を作っていたころ、きっとどんなものを見てもその色や形の組み合わせをいつも考えながら暮らしているんじゃないかしら、、、

柚木さんの展示以外にも民藝館のコレクションが随所に展示されており、最近はなるべくものを出さないでしまってすっきりさせることばかり考えて暮らしていたけれど、もうちょっといろんなものを飾ったり使ったりする生活もいいなと思った。特別な美術品でなくても観るだけでうれしくなるものや、親から受け継いだ古いものなんかはしまっておいても私の後に引き継ぐ人は誰もいないのだから、使えるものは使い、飾れるものは飾ろう。

旧柳宗悦邸である西館も必見で、庭には立派な枝垂桜が。これはぜひとも桜の時期に再訪してみたい。青々とした楓の木もあり、秋もきっと素敵だろうと思う。


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# by fumiko212 | 2018-06-22 23:12 | アート | Trackback | Comments(0)

6月1館目:酒器の美に酔う/静嘉堂文庫美術館

前回のエントリを読み直したところ、「月に2回くらい」とか守りに入ったことを書いていて恥ずかしい。月3に修正します。というのも、ごく最近知り合ったばかりの方に展覧会のチケットをいただきまして、さっそく1館見に行けました。ありがたや~。自分ではきっと選ばなかったであろう、工芸品の展覧会です。
酒器なので陶器が中心で、古いものだと青銅(一番古いものは紀元前14世紀頃のものだった)、それと漆器が少しずつ。後は当時の風俗がわかるような絵画。
私が一番食いついたのはやっぱり絵画で、お酒にまつわる時代ごとの風俗みたいなものが描かれていたのが面白かった。例えば、酔っ払うのは悪くないという考え方があったなんていうのはとっても東洋的だと思った。漢詩の詩人だったかな、酔うと名作がボンボン生まれたなんていう解説もあって、それってどうなのかなあ、、、と私などは思ってしまうけど。「客は酩酊するのが酒宴の主人に対する礼儀だ」という記述もあったりして。昭和のサラリーマン社会には結構こういう考え方が残っていた気がする。
それと「かわらけ」についての説明も、江戸時代(だったかな?)の杯はもっぱら素焼きのもので、使い捨てされていたそうな。いつでもまっさらな新品の「かわらけ」を使い、一度使ったものはけがれているということで廃棄していたのだとか。お神酒には今もその考え方が残っているけど、人間もそうしていたのですね。日本人の清潔好きってやっぱりこういうところからきてるのかなあ。

肝心の酒器の展示について。一言に陶器と言っても、本当に種類がいろいろあるんですね。数を見ることで見方もわかってくるのでしょうけれど、今の私には、この地の色はきれいだなあ、とか、この絵柄は豪華だなあとか、中世にこんなモダンな柄があったんだ!とか、そんな見方しかできていません。
今回、美術班活動に力を入れるにあたって、ぐるっとパスを買おうか迷っていたのですが、入場できる施設の企画展をチェックしたところ、今年は陶器の展覧会がやたらと多いのです。陶器が好きな方にとってはすごい当たり年なのかも。我らが世田美も次回は陶芸家の展覧会です。まずは好きな作家とか窯とか産地とかに出会えると、そこを手掛かりに見方が広がるのかもしれない。静嘉堂で見たのは上流階級の器という感じだったけど、例えば民芸の作家の作品なんかだと好きなものが見つけられそうな気がする。そうそう、去年、金沢の石川県立美術館で見た九谷焼の緑も素敵だったなあ。

は~、美術班活動をして感想を書く、と意気込んだものの、こんな程度しか書けない自分が情けない。しかしあきらめずに続けます。

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# by fumiko212 | 2018-06-07 22:45 | アート | Trackback | Comments(0)