2018年 10月 11日 ( 1 )

アントニオ・メネセス チェロ公開マスタークラス

公開マスタークラスの聴講というのを初めてしました。受講生は10代の3人のチェリストで、各々が小品を演奏し、そのあとメネセスさんが舞台上で彼らにアドバイスするという流れで行われました。受講生はそれぞれの年代で日本を代表するレベルのチェリストなのだと思います。その彼らへのアドバイスがなんと自分にもとても役立つ(ものもあった)。そして、それって先生に言われたことあるよなーってことだったりもした。忘れないうちに記録。

1人目
f→pが極端すぎる。その中間もある。そうした表現の方が音楽的になる。

ポジションチェンジ、特に下降系(4p→2pのように上に戻るとき)が気になる。ポジションチェンジの準備をしながら演奏する。押えていない指を次のポジションに移動させておく(指を閉じる)。1本の弦でスケールの下降系を弾く練習をする。指が波打つように弦を上っていく感じになる。

右手のフォーム、肘を上げて弦を上から押すように弾いているのを直す必要あり。肩・肘を落とし腕の重さを弓に載せれば押す必要がなくなる。はるかに楽に弾けるようになるはず。

左手が速く動くときに音の粒がそろわないところ。手の都合になってる。1音ずつはっきりとさせる(言葉なら滑舌がいい状態)とどんな広いホールでも一番後ろのお客さんにまでちゃんと届く。まずは左だけで練習。


2人目
移弦を伴う2音(重音の押さえで)を連続して繰り返しスラーをかけて演奏する(エクササイズ34の19,24のような)が出来てない。まず重音で練習する。(手首で弓をバウンドさせるように強弱をつけながら全弓でボウイングする。)それが出来たら解放弦で3音ずつくらいから練習する。だんだん数を増やし、スピードを上げる。(お手本のメネセスさんの手首の動きがほとんど動いていないくらいにわずかに滑らかに動いていることに感動。私などあの10倍は手首を返してる。弓は弦にどのように接地しているのだろうか、、、)これに限らず、できないところは、まずは左右別々に、右ができないなら解放弦でやってみる。そしてゆっくりやる。1日ごとに5ずつスピードを上げる。1週間でかなり早くできるようになるはず。難しいところを難しいと思わずに弾けるペースまで落として練習する。優れた教師は子供に対してそう教える。難しいと一度も感じずにできるようになれば苦手意識を持たずにできる。

表現について。自分はこの音楽をどう表現したいのか、を考える。それが自分の考えであれば、説得力が出る。自分のしたい表現を実現するにはテクニックが完璧であることは絶対に必要。楽譜は楽譜のままでは芸術ではない。演奏家が演奏することで芸術になる。ただ弾いたのではだめで自分の考えを持って表現しなければ芸術にならない。(自分とカザルスは全然表現が違うが、カザルスを聞いたときにそれに反対だとは思わない。なぜならカザルスの考えが実現されており、それに説得力があるから。)

リスクを回避して弾いてもパッションは伝わらない。音が割れるギリギリのところ、割れてもいいという気持ちで弾かなければ伝わらない。ダウンに対してアップで弱くなっている。駒寄りで弾くのはリスクが高いが、駒寄り、指板寄り、など弾く場所を自分でコントロールできなければならない。(多分、出したい音により弾く場所を選ぶ、ということ?安全だからという理由で場所を選ぶのではなく)まず解放弦でやってみる。

例えば喜びに満ち溢れた音を出すのであれば、ピアノは自分を祝福するために鳴っている、お客さんみんなが自分を祝福している、と思い込んで音を出す。悲しみの感情も同様に。そのくらいの想像力を持って音を出す。

半音(A線のE♭E)の2音ですでに意味が生じており、それは次のFに向かっていく。そしてGへ、と方向性が最初のE♭Eで提示されている。2つの音があればそこには意味があるはず。(他の生徒へのアドバイスだったかも?)

(チェロ演奏に限らずすべてのプロフェッショナルとしての振る舞いに通じると感じたアドバイス)あなたはすでにチェロを学ぶ学生のレベルを超えている。これからは芸術家としてふるまうことを学ばなければならない。ステージに現れた瞬間から観客はあなたを観ている。どんなに緊張していても、堂々と、自分は偉大な芸術家だという態度をとらなければならない。(コンクールやオーケストラのオーディションも同じで、あのような緊張したそぶりは評価を下げる要因になる。)

3人目
アクセントが右手の都合でついている。音楽の表現としてしかるべきアクセントをつけなければ絶対にダメ。言葉にアクセントがあるように、音楽のフレーズにもそれ以外には考えられない正しいアクセントがある。一番強いところが頂点であり、それ以外はそれと同等、もしくは大きくなってはいけない。小さなフレーズが連なって大きなフレーズとなりそこにもまたアクセントがある。(この説明の時にメネセスさんが弾かれたバッハ3番ブーレの出だしのところが素敵すぎて天国だった)アクセントのない音楽を聞かされると観客はすぐに飽きてくる。(1回目の演奏でビブラートのかけ方が全部同じに聞こえたのはそれが原因だったのかな?)
アーフタクトを例にとって、アーフタクトは次へ向かうからアーフタクトなのだ(というような説明だったと理解した。)

ピアノが主旋律でチェロは伴奏の部分であるにもかかわらず、こってりと演奏していた。独りよがりの音楽になっている。自分の楽譜だけを勉強していたのでは不十分で、他のパートも勉強すること。自分の役割を理解してそれにふさわしい演奏をする。(1回目の演奏で不可解に感じた部分だったのですごく納得)

(実際の楽譜はわからないけれど、エクササイズ33の25の付点16分+32分みたいな)アップとダウンで長さの違う音が続くときのボウイングでどんどん弓先に寄って行ってしまうところがあったが、常に弓元に戻るように円を描くように弓を動かす練習を。そうすれば自分のコントロールしやすい弓元で弾ける。

3人の受講生への指導が終わった後、最後に客席の私たち中高年チェロ学習者へのメッセージをいただきました。
「現在94歳の偉大なピアニストがおられるが、自分が40歳くらいの時にそのピアニストとトリオで仕事をしたことがある。その仕事では人生で一番多くの学びがあった。いつでも遅すぎるということはない。けれども常に努力を怠ってはいけない。努力を続ける限り、生涯楽しむことができる。」

そして、何度も繰り返しおっしゃったことは、「自分の意志で演奏するには右手、左手とも完璧なテクニックが絶対に必要」

全く別の場所で、ある人がこういったのを聞いた。「中高年から絵画を始める場合、テクニックをじっくりやってたら間に合わない。人生を描け。」「絵はヘタウマが許されるけど音楽は鍛練が必須でしょ。だから絵の方が楽しい。」こんな話を聞くと、被害妄想が入ってしまうけど、大人になって楽器を始めることを否定されているように感じてしまった。
私のチェロはもうすぐ10年になるけど、技術としては万年ビギナー。アンサンブルや合奏にあこがれるけど、私のレベルだと苦痛ばかりになりそうで結局尻込みしたまま。それを目標に練習を積むのも一つの方法だとは思う。だけど、そうやって集団に入るとやっぱり人と比べてしまったりして悲しくなって嫌いになってしまうかもしれない。というのは、この半年ばかり逡巡した結果たどり着いた結論。少しずつでも鍛練を積んで、弾けなかった曲が前より弾けるようになったり、音がしっかりしてきたり、自分なりに上達したと思える。そういうことでもいいんじゃないかなあ。だって、どのくらい生きるかはわからないけれど、生涯楽しめるものとすでに出会えてるってありがたいことだもの。これからも自分がやりたいと思い続けられるように大事に付き合っていこうと思う。

今のタイミングでこのようなお話を聞ける機会が得られて本当によかった。教えてくれたSさん、ありがとうございました。

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by fumiko212 | 2018-10-11 22:58 | 音楽 | Trackback | Comments(0)