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2009年 11月 23日 ( 2 )

ケースは白

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お、重い…
by fumiko212 | 2009-11-23 16:28 | 私のお気に入り | Trackback | Comments(14)

ピアニストの贈りもの~辻井伸行・コンクール20日間の記録~

先ほどまでNHK教育で放送されていたETV特集「ピアニストの贈りもの~辻井伸行・コンクール20日間の記録~」を見ていました。非常に心を動かされた番組だったので、ちょっとここに書いておきます。

番組は全盲のピアニスト辻井伸行さんがアメリカ・テキサス州フォートワースで行われたヴァンクライバーン国際ピアノコンクールに挑戦した日々を取材したドキュメントで、取材したのはNHKではなく、アメリカ人音楽プロデューサーということでした。

辻井さんがテキサス入りしたところから取材は始まります。
辻井さんとそのスタッフは現地のホストファミリー宅に滞在していました。ピアノが2台置いてある部屋があり、食事から練習環境まで、出場者を一般家庭でサポートするという体勢が整っているようです。これが、辻井さんサイドが準備した環境なのか、コンクール出場者すべてに与えられている環境なのかは見逃してしまったのですが、このようなサポート体制が確保できていることにまず驚きました。

コンクールの優勝者には3年間の世界演奏ツアーがサポートされるというチャンスが与えられます。そのため、審査ではテクニックだけでなく、将来性、スター性など、プロの演奏家としての素養が評価の対象になります。

最初の課題は3時間以内で自由にプログラムを組みピアノ曲を演奏するリサイタルです。その結果セミファイナルに進む12名が選ばれます。

セミファイナルではアメリカ現代作曲家のピアノ曲のほかに弦楽四重奏との室内楽の演奏が課題。ここではピアノのテクニックだけでなく、アンサンブルを作れているか、弦楽アンサンブルとのコミュニケーションが取れているか、という点も重要な審査基準になります。
リハーサルでは若手ピアニストに弦楽奏者から演奏についての提案がなされます。それらをいかに柔軟に取り入れるかも審査のポイント。
リハーサルに与えられる時間は90分に限られており、その中で曲の解釈を弦楽奏者と合わせていく必要があるのですが、辻井さんの場合は、通訳、ピアノの先生の助けを借りてアンサンブルと意思疎通をしなければならず、さらに彼が盲目なので弦楽奏者はタイミングの合わせ方の確認をしていく必要があり、曲の解釈の部分までコミュニケーションを進めることができないままに時間切れとなってしまいました。
審査には弦楽奏者も加わり、コミュニケーション能力やアンサンブル能力についての意見が出されます。辻井さんの演奏については、やはりコミュニケーションの難しさから深い部分でのアンサンブルまではたどり着けなかった点が指摘されたものの、本番では非常によい演奏となり、最終的にはコミュニケーションの壁は感じなかったという評価でした。

ファイナルに残ったのは6名。ファイナルではピアノコンチェルトの演奏が課題に含まれます。
リハーサルではやはり指揮者とどうタイミングを合わせるかという問題が起こりますが、マネージャーから彼は指揮者の呼吸を聞いてタイミングを合わせることができる、と指揮者に伝えられ、大きな障害はなくなりました。本番の演奏後の指揮者のインタビューでは、「彼は素晴らしい耳を持っている。それがわかったら、目が見える演奏者とよりもコミュニケーションにかかる時間は短かった。」と語っていました。

弦楽アンサンブルの時もそうでしたが、共演者は盲目のピアニストと演奏することに最初は戸惑いタイミングの合わせ方の確認を入念にしたがるのですが、辻井さんはあまり心配していないように見えました。そして、本番後には共演者もそれが杞憂だったことを口にしていました。耳からの情報で音楽上のコミュニケーションが成立することを知っている辻井さんとの演奏を通して、共演者も「聞く」というコミュニケーションが本番の演奏では大切だということに気づいていく、という場面が非常に印象的でした。

コンクールで金賞を受賞したのは辻井さんと中国の19歳の青年の2人でした。
才能ある若者達の演奏は時にはなっぱしの強さが感じられるものですが、辻井さんの演奏にはそういったところがなく、作曲家と対話し素直に表現しているように感じられ、将来性を重視するこのコンクールの受賞者にふさわしいものでした。

そして、私がもうひとつ印象に残ったのは、このコンクールにかかわる人々の姿でした。
例えば、12名のセミファイナリストと共演した弦楽四重奏奏者、6名のファイナリストと共演したオーケストラと指揮者。出場者それぞれを公平に、そして最高の演奏ができるようサポートするのは並大抵のことではないと思います。
辻井さんのホストファミリーや出場者のリサイタルの観客達、フォートワースの人々が、若者が世界に出て行く道を開くこのコンクールが開催される町であることを誇りに思っているところも素晴らしかった。

コンクールを勝ち進む出場者は観客の反応に鼓舞されてさらに力を発揮し、成長していくように見えました。むしろ、そういう部分も評価の対象になるように感じました。辻井さんの最初のリサイタルでは観客の反応は素晴らしかったものの、プロの批評家からは個性が感じられないと辛口の批評を受けていました。それでも彼は最後に優勝した。
著名な審査員を揃えればいいコンクールになるのかといえばやはりそうではない。このコンクールはフォートワースの観客の存在なしには成立しない。そう感じました。

以前から私が思っていたことがあります。上質な観客であることも音楽にかかわるひとつの方法だと。それは評論家顔負けの批評をする観客である必要はなく、かといって何でもブラボーでもなく、自分の耳を信じて音楽を聴くことなんじゃないかな、と思うのです。そしていい演奏には最高の拍手を贈る。次の演奏会を聴きに行く。それが音楽家へのサポートのひとつなのではないかと思います。

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by fumiko212 | 2009-11-23 01:25 | 音楽 | Trackback(1) | Comments(4)