瀧口修造が3回続いて出てきた話

朝、家族と、最近○○(芸能人とか)見ないよね?と話すと、その日の夜にテレビに出てきたりすることありますよね。あれなんなんでしょう?
最近、私が続けて聞いた名前が瀧口修造。それまで知らなかったというか、夏に一度見た名前なのに覚えていなかった、、、前提が恥ずかしい、、、汗

最初は、世田美のムナーリ展の学芸員さんのレクチャーを聞いたとき。ヨーロッパでは芸術家とはなかなか認識されず、近年再評価が進みつつあるというムナーリが、日本では比較的早くから紹介され人気が高いのだそうです。そのきっかけは50年代に国内のデザイン雑誌で取り上げられたこと、そして美術評論家である瀧口が早くからムナーリを評価したことが影響していると考えられるのだとか。瀧口は58年にはムナーリに会っているのだそうです。私のその時のメモには「美術評論家」と書いてある。
次が、先日、銀座のギャラリーで桑原弘明さんの展示を観に行ったとき。数点ある新作のうちの、桑原さんご自身がレクチャーしながら見せて下さった作品のタイトルが「淋しい故に我れ存在する」とあり、これは、、、と伺うと「瀧口修造の詩の一説だ」とのこと。何か聞いたことある名前だけど思い出せない。。。とここでも深く聞けずにもやっと印象に残っただけ。
3回目が、その後すぐに行った横浜美術館の企画展版画家の駒井哲郎展でした。人の目をモチーフにした「夢」の連作についての解説に「詩人の瀧口修造が特に高く評価した」と記載があり、やっと全部が繋がった。
そして、スコープ(小箱の中の造形を片目でレンズ越しにのぞき見る形式の作品)作家の桑原さんが、駒井哲郎の目を評価したという瀧口とつながった。

スコープのタイトルのあの一説がどのような詩に収められているのか気になってググったら、今年の9月まで、竹橋の近美で「瀧口修造と彼が見詰めた作家たち」という企画展をやっていたことが分かった。そうか~。ぐるっとパスを買ってあれこれ物色していた時にこの名前を見たのか。ちょっと気になりつつもやっているうちに行けなかったあの展示、、、あ~見ておけばよかった。なぜなら、ムナーリ展も、駒井哲郎展もすっごく良かったのです。

ムナーリには軽やかなユーモアがあり、そして見る人を心地よくさせるリズムがある。オイリュトミー(善なる律動)があるのです。すごく世田美らしい企画展だなと思います。で、今オイリュトミーの講座を受けたときのメモを見たら、影響を受けた人たちの中に瀧口修造と書いてある!あれは確か5月だったかな?そんな前からこの名前に出会っていたのか。。。

駒井さんの版画には、深遠なる沈思黙考の痕跡が見えつつも、やはりどこかにユーモアがあり、善きリズムがあるように感じました。銅版画の数々の技法は、それぞれが熟練した技術や経験を必要としながら、偶然性も併せ持った表現であり、その偶然性をコントロールしようと作家は格闘しながら、その偶然性に自らが触発され作品が進化していく。駒井の作品は、新たな技法を獲得するたびに表現が変化していくのに、どの時代の作品もベースに「善きリズム」がある。だから心地よい。それが、ムナーリと共通しているように思える。

その善きリズムを感じ取って言葉で作家を勇気づけ、日本に遠いヨーロッパのアーティストを早くから紹介した人が瀧口修造なのか。この人物の名前、今度こそしっかりと覚えておこう。

by fumiko212 | 2018-12-16 22:21 | アート | Trackback | Comments(0)
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