ゴヤが見た戦争 版画集『戦争の惨禍』と報道写真@セルバンテス文化センター

この展覧会のことを教えてもらったのは1月のことで、かなり長くやっているのでそのうちに、と思っていたら明後日まででした。会社帰りに行けるのは今日が最後でした。危ない危ない。

ゴヤといえば、スペイン王室の宮廷画家、裸のマハでセンセーションを巻き起こした人、そして晩年には自宅の壁に黒い絵のシリーズを描いた人。
あれはもう10年くらい前なのかもしれませんが、BSで2時間かけてゴヤの特集をしたことがありました。「我が子を食らうサトゥルヌス」という不気味な絵は画集で見たことがありましたが、それがゴヤの家の壁に描かれた「黒い絵」と呼ばれる一連の作品だったと知りました。「黒い絵」がゴヤの家の中ではどのように配置されていたのか。それを再現したCG画像がその番組の目玉でした。「我が子を食らうサトゥルヌス」はゴヤが食事をしていた食卓の正面に描かれていたのだそうです。
主席宮廷画家までのし上がり、美しい公爵夫人をモデル(一説による)にヌードを描いたゴヤがどうしてそのような晩年を送るようになったのか。そこへ至る過程の中で紹介されたのが対仏独立戦争を題材にした版画集「戦争の惨禍」でした。
数枚の版画だけでしたが、その現実とは思えない残酷な世界を版画として広く出版しようとしたゴヤはどんな人なんだろうか、と考え込まされました。(版画は実際にはゴヤの存命中には出版されなかったのだそうです。)

その版画集の全貌を一度見てみたいと思っていたのです。

今日その実物と対峙し、1つ目の版画を見た瞬間に、気軽に思っていたその「見てみたい」という野次馬的興味の浅はかさを思い知ることになりました。
展示は版画に振られた番号順ではなく、テーマごとに分類され展示されていました。残虐な殺戮・処刑・リンチ・強姦の場面、積み上げられた死体、その死体をも辱める場面、略奪、飢餓。最初の数枚で心がどんどん沈んで大きな固まりが喉の奥をふさぎ、呼吸が浅くなり、自分の精神状態が危険にさらされていると感じました。線が絡み合い造形ははっきりと描かれていないから知らず知らずに凝視してしまう。そしてそこに描かれているものから目をそらしたいのにそらせなくなる。子供の頃何度も見た悪夢のようでした。これが人間が人間に対してやることなのか?いや、人間は地球上でもっとも残虐な生き物だったのだ。憎しみがあればどんなことでもできてしまうんだ。途中からはずっとそればかりを考えていました。
奥の部屋のもう1つの展示、報道写真を見ることは出来ませんでした。

展示室を出ると、カウンターにノートが広げてあり、鑑賞者が感想を書き連ねていました。何か書こうかどうしようか迷いつつ数人のコメントを読んで自分もペンを取りました。そこに書いたことを写真に撮って来たのでここにも残します。

「気軽に、一度見て見たいと思っていた版画集だったが、自分が恥ずかしくなった。想像を絶する光景に言葉もない。これは現実で、今も地球上の少なくない場所で現実に起こっていることなのかもしれない。いや起こっている。それを知っているのなら一刻も早く止める努力をしなければいけない、と思った。」

でも始まってしまった戦争を止めるなんて、私自身にどんな努力ができるっていうんだろうか。祈るしかできない。
これを書きながら、昨年の終戦記念日にテレビで池上さんが言っていた言葉を思い出しました。
「一度始まってしまった戦争を止めるのはとても難しい。戦争を始めないことが大切なのです。」
戦争を始めない努力。それなら自分でも何かできそうな気がする。

辛かったけれど、見てよかった。今はそう思っています。

展覧会は4月10日(日)まで。入場料は無料。明日は20時まで、明後日は14時までです。

ゴヤが見た戦争 版画集『戦争の惨禍』と報道写真
セルバンテス文化センター
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by fumiko212 | 2011-04-08 23:07 | アート | Trackback | Comments(0)
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