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脳に汗をかかせるために

土曜日に再び世田谷文学館へ行き「ムットーニ・パラダイス」再見。

先日はスペシャルツアーと題した1時間の上演会のみだったので、今度は作品をひとつずつゆっくり鑑賞。だんだんとムットーニの楽しみ方を思い出し、途中2度の上演会を挟みつつ4時間があっという間に過ぎました。

何せ久しぶりだったので今回初めて見る作品がいくつもあったのですが、この1~2年の大型作品はどれも私などの想像を越える新たな表現と独創性に溢れており、2度、3度と繰り返し見るごとに新たな感動がありました。
中でも、中原中也記念館で昨年開催された中原中也と萩原朔太郎展に出展されたという「題のない歌」は、まだまだ見たりない、見るたびにもっといろんなことに気づくはず、と思わされました。ムットーニさんのおすすめに従い、さっそくこの詩が収められているという詩集「青猫」を購入(「定本青猫」は入手困難のため、他の詩集の作品も収録されている文庫本を購入)。とにかく変な詩ばかりだということで、集中力を要しそうだけど、ぽつぽつと読んでみよう。

展示室の最後にある「Spirit of song」は宮沢和史さんの「書きかけの歌」を題材にした作品で、10年前の世田谷文学館での展示で見たのが最後でしたが、ゾクゾクするほど素敵でした。この曲をチェロで弾いてみたくなり、昨夜はひたすらピアノアプリで音取り。楽譜にしないと弾けないので五線譜を探さなければ。

そうそう。ムットーニを見るとこうしていろんな方向に興味が広がっていくんだよね。そこもいいんだよな~。
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by fumiko212 | 2017-05-15 21:05 | アート | Trackback | Comments(0)

引き返せるのか?

一つ前のエントリをムットーニの展覧会を見に行った直後に書き、その後、私はすっかり打ちのめされてしまった。買ってきた図録をめくり、ここ数年のムットーニの活動記録を読んだ。これを読んでも自分がいつからムットーニを見に行かなくなったのか思い出せない。ロゴスがなくなったからかと思っていたが、ロゴスの最後の数年の展示は見ていない。八王子はどうだったか…。

私はどちらかというとしつこい方で、20代の頃に好きになったものは細々と見続けている。そこに新しいものが少しづつ加わって、少しずつ成熟してきたのではないかと思っていた。でもそれは違ったということに気づいて打ちのめされたのかもしれない。

近頃の私は、まあ経済的な事情もあり、手当たり次第にいろんなものを見なくなっていた。限られた予算から、間違いなく楽しめそうなものだけを選んで見ていた。それは間違いなく楽しめていた。
けどそれで何かを失ってしまった。そんな気はしていたが、それに気付かされた。
ムットーニに飽きたわけではなく、見られるものなら見たかったのに、要は手を抜いていたのだ。
ぴあのアラートメールや、ツイッターの都内の美術展情報のように、自動的に入ってくる情報の中から、さらに間違いなく楽しめそうなものだけを選んで見に行っていた。読む本は本屋大賞のノミネートなんかを参考にして選んでた。それで満足してた。

いつからこうなった?SNSとかスマホがいけないのか?年齢からくる体力、気力の衰えか?

これはここ数年のムットーニを見られなくて残念だったという話ではない。もっと根の深い話。

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by fumiko212 | 2017-05-07 01:10 | アート | Trackback | Comments(0)

何度読んでも意味が分からないが、その言葉の美しさに魅了された

中也の詩「地極の天使」を評したムットーニの言葉。
何度見てもよく分からないが、その光の美しさに魅了された。
ムットーニの作品の魅力も同じように表せる。
2010年代に入ってからだろうか。ムットーニを追いきれなくなり、作品鑑賞から離れていた。その間のムットーニの進化を今日見た。

お久しぶりです。と言ったら、ごめん、案内だしてないもんね~と変わらず気さくなお人柄で返してくださる。
それに油断したら、中はとんでもない進化を遂げていた。

表現者とは、かくあるものなのだ。

会場を出てすぐにインスタに記した言葉。

久しぶりにムットーニの口上を聞き、脳の使ってなかった部分が呼び覚まされた。ここ数年、目に見えるもの、結論のあるものばかりに接していたような気がする。不条理とはかくも幻惑的なものだったか。アートの真髄を見た。

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by fumiko212 | 2017-05-06 19:31 | アート | Trackback | Comments(0)