<   2011年 11月 ( 11 )   > この月の画像一覧

2つ星ランチで食べたもの

すいません。ずいぶん前に途中までアップして放置してしまったお話の続きです。

その前にちょっとひとこと。2~3日前にふとこのブログのアクセス解析のようなものを見たのですが、お気に入りからアクセスしてくださっている方が以前に比べて1/3くらいに減ってしまっていたことに気づきました。その以前がどのくらい前かすでに思い出せないのですが、もしかしたら定期的に覗いてくださっていた方たちをなかなかアップされないことでがっかりさせていてしまっていたらすみません。この1~2年は「つづく」と書いたのに続かないことも多くて、、、

先日、懸案だったTwitterのアカウントをやっと削除し、そしてFacebookもいろいろな方とのつながりが増えてきたのでブログをアップしたことをいちいちお知らせするのもうっとうしいかなと考えてブログのリンクを削除しました。このブログは私にとっては一番長年続けていてかつ大事にしたいと思っているので、ここはいろいろなものと切り離して続けていきたいと思っています。(Jognoteと読書メーターはリンクしています。)

また前置きが長くなりましたが、パリ初日のミシュラン2つ星ランチについてはここから続きます。
カメラの寿命が尽きていて、以前のような料理写真が撮れていないのですが雰囲気だけでも。

最初は小さなグラスに入ったスープから。かぼちゃのスープにカプチーノのような泡で蓋をした温かいスープ。優しい味です。出発日の朝、会社に向かうために家を出てから一体何時間たっていたのか、、、やっとひと心地着きました。
b0031055_21315438.jpg


b0031055_21344029.jpgパンの写真を忘れました。温かいパンが出てきた。これって日本人独特なんじゃないでしょうか?パリのレストランってあったかいパンって出てくるのかな?ビストロしか行ったことがないからわからないけど。で、バターは写真があって、ボルディエのバター、赤いほうはバスクの唐辛子エスペレット入り。ここで、この日の料理のキーワードがすでに2つ出そろいました。泡とバスク、この後も登場します。

2品目はムール貝。さっそくこちらも泡が乗ってます。ムール貝の下はジャガイモのピュレらしきものが見えてます。上に乗っているのはアーティチョーク。そもそもこれは冷たい料理でしたっけね?記憶があいまい。。。ムール貝は積極的に食べないのですが、ここのはもちろんおいしかった記憶あり。
b0031055_21391846.jpg

こちらは温泉卵。本当にサービスの方が「バスク風温泉卵」とおっしゃったんですよ。思わずご飯がほしいと反射的に思ってしまった。で、ほら、また泡が。3品続けて泡というのはどうなんでしょうか。でもおいしいからいい。上にトッピングされているのはなんだったのかこれももはや思い出せず。多分、乾燥エシャロットあたりではなかったかと。
b0031055_2142924.jpg

またもや泡に覆われたスープに浮かぶホタテ。この1皿がこの日のコースのベストでした。目の前に置かれた瞬間にセップ茸の香りがふわーっと漂いました。白いマッチ棒みたく見えるものもセップ茸の軸なんです。後ろにディップ状になったセップ、そしてスープもセップです。そして、このホタテが絶妙にレアで激ウマだった。2つのホタテの間、右側に黄色っぽいものがあるの見えるかな?これ栗なんです。海のホタテに森のきのこと木の実、なんだか素敵な一皿です。
b0031055_2145180.jpg

思うに、おいしいものというのは2つあって、一つは素材そのものがおいしいもの。たとえば同じホタテでいうと青森の市場ののっけ丼に乗っけてもらったホタテはホタテそのものの味としては私史上最高。おばちゃんがざぶざぶ流水で洗ってホカホカご飯に乗っけてくれた嬉しい感じも含めてそのおいしさは忘れられない味。
そして、もう一つが素材の取り合わせと調理法、どの程度の加熱で、盛り付けは、味付けは、とすべてを考え抜いてベストの状態で供される一皿。素材の旨さだけとはまた違った心に残る料理になる。
どちらが良い悪いでなく、どちらも素晴らしい。
というようなことを思ったのは、つい最近いとことご飯を食べているときに「今まで食べたおいしかったもの3つ言ってみて。」と聞かれて、うーんと悩んだ末に出てきたものが私といとことで、選んだポイントがこの2つにぱっかりと別れていたから。いとこは「大分の馬刺し、松坂の牛刺し、富山のホタルイカの活造り」と見事に素材そのものをあげたのに対し、私は(いとこにくらべておいしいものをあまり食べてないし味覚も乏しいのもあるけど)「マウイ島のフォーシーズンズホテルの朝食で食べた焼き立てホカホカワッフル、恵比寿のビストロでメインが出てくるまで時間が空いてしまうからとお店がサービスで出してくれたクミン風味のかぼちゃスープ、シナモンとココアパウダーがかかった薄切りバゲット添え、6月にパリで食べた平べったい桃」(後ろの2つはこのブログに散々書きました。)桃は素材そのものがおいしかった部門ではありますが、私のほうは明らかに味だけじゃなくその時のシチュエーションに影響されてる。雰囲気に弱い自分を再認識しました。

また話がそれましたが、とにかく、このホタテは印象深いです。おいしかったなー。

b0031055_2263047.jpgワインは1杯だけ。前半は食前に頼んだシャンパンを飲んでいましたのでホタテの途中くらいからこちらに切り替わりました。ホタテの途中だったのですが、その後の料理が何しろ秘密だったので、軽めの赤と言いつつそのあと血が滴るジビエとか来たらどうしようと思ったのですが、確かそれも考慮して勧めてもらうようお願いしたのかちょっとうろ覚えです。とにかく、2つ候補をいただいた中からソムリエ氏がこちらがよりおすすめといったのでこっちに。ジュヴレー・シャンベルタンなのに軽いのですか?と思わず聞いてしまったのですが、いただいたら確かに軽めで、しかもこの後の料理にもよく合っていました。

さて、このお皿が最後の料理。鶏でした。塩をかなり強めにしてあって、ここまで優しい味が続いたのでメイン料理の存在感たっぷりでした。皮のパリパリ具合が素晴らしく、脂っぽさが全然ないのにジューシー。調理の腕なのか、これがフランスの肉の底力なのか、おいしかったです。添えられた苦い葉っぱもいい仕事してました。フランスの肉料理には欠かせないマッシュポテトもちょこんとついてきてるのがかわいい。
b0031055_22111445.jpg


続いてデザート。なんと3皿も!すっごーい!しかも全部おいしかった。最近、コース料理の後のデザートは人のお皿をちょこっとつつくくらいで十分と思ってしまうことが多か、たのですがペロリいけました。
モンブラン、ソルベはなんだったかなあ忘れいまった、、、そしてタルト・ショコラ。ショコラにはちゃんとオレンジのコンフィチュールが添えられています。素敵。
b0031055_22174664.jpg
b0031055_2218348.jpg
b0031055_22181211.jpg

食後の焼き菓子はミニサイズのマドレーヌ。焼き立てでほんのり温かく、縁はカリッと香ばしく、このマドレーヌ1つ取っても2つ星のおいしさでした。
b0031055_22194141.jpgb0031055_22195598.jpg

瞬く間に時は過ぎ、お会計の時間に。その時にふと財布を開けてほろ酔いが一気に覚める恐ろしい事実がっ。クレジットカードがないっ。あーっ!さっきのお菓子屋さんだーーーーっ。

つづく

ところで、前回のエントリにデギュスタシオン=シェフのおすすめコース、のような記述をしてしまいましたが、先日雑誌で見かけた解説によると、小さなポーションの料理を数多く出すコースのことを言うようです。
[PR]
by fumiko212 | 2011-11-30 22:23 | -パリ(2011/10) | Trackback | Comments(2)

終演後のお楽しみ♪

フワフワした気分でホールを出る前に化粧室へ立ち寄ったところ、最後列の札を持った係りの人が見えた。ん?これはもしかしてサイン会とかあるの?てことで当然並びましたよん♪
CD購入者が対象ということで(毎回思うんですが、あれってチェックしてないですよね。手ぶらで並んでもお咎めなしな気がする。。。)フルートのエマニュエル・パユの聴きたかったCD(この時テレビで聴いたカルメンが入ってる。)をゲット。最近、こういうときしかCD買ってない気がする。

その前に、客席を出たところに今日のホルン協奏曲を作曲された細川先生がおられて、サインをもらっているお兄さんがいたのでその横にヒタヒタっと近づいて行ってちゃっかりサインをいただいてしまっていたのでした。ええ、そのお兄さんの持っていたサインペンを拝借して。お兄さんにこれだからおばちゃんは、、、と思われただろうなあ。すいません、すいません。

本日のサイン会に登場してくれるメンバーは、ホルン奏者のシュテファン・ドールさん、コンマスの樫本大進さん、クラリネットの首席奏者の方(お名前わからなくてすみません。)、フルート首席奏者のエマニュエル・パユさんという豪華メンバー。パユのCDしか買ってないけど皆さんにサインしていただけるのです。素敵。

最初にホルンのドールさん。先ほど細川先生にサインしていただいたホルン協奏曲の解説が書いてあるプログラムのページに一緒にサインしていただこうとそのページを差し出すと、あれ?というお顔をされ、「おお、俊夫のサインだね。」とにっこり。「えへへそうなんです。」と私もにんまり。
次は大進さん。お若い方なので「大進君」と呼んでいましたが、この日の全ステージを通してのコンマスとしてのお仕事ぶりに感動し「大進さん」とお呼びしたいと思いました。
そうそう、そうなんです。先日、NHKの「名曲探偵アマデウス」という番組で、コンマスはどういう風に仕事をしているのか、という特集があって、コンマスの仕事について非常にわかりやすく解説してくれていたので、今回はコンマス大進さんにも注目しながら聴いていました。演奏が始まる前の短い時間に笑顔で各パートとアイコンタクトし、演奏中はラトルの指揮の概念を体を使ってオーケストラに伝えていく。例の音がばらけたときもパッとコンマスを見てしまったのですが、さっと体を起こしてオーケストラ全体に自分が見えるようにしているかのように見えました。これも私の妄想かもしれないけど。
唯一日本語でお話しできる方なので、興奮冷めやらぬ状態で「今日の素晴らしさを体験してベルリンに行く決心がつきました。」と思わず言ってしまいました。(「聴きに行く」と付け加えなかったので、は?というお顔をさせてしまいましたが、、、)
プログラムにサインをしていただいたのですが、さらにもう一つiPhoneの裏にもサインをいただきましたよ。「え?いいんですか?もったいない。」とおっしゃっていましたが、実は先日NNHのサイン会の時に隣でiPhoneに小曽根さんのサインをもらっている人がいてすっごくうらやましかったのです。すでに4sが入荷しているという連絡を受けていて3GSを持ち歩くのはこの日が最後だったのですが音楽の魂を入れてもらったような気分です。さらには4sを黒にしてしまったことをすっごく後悔しました。これじゃあサインしてもらえないじゃん。
いや、お時間を取ってしまってすみません、という感じでお次はクラリネット奏者の方。その前でもたもたしてたので、さっとプログラムを持っていかれてサインされちゃって自分が後からプログラムを追いかける感じに。汗
パユさんにもその流れでプログラムにサインが入りましたが、CDも持っていたので「CDもね」とサインしてくださいました。パユさんにも「ベルリン行きますから!」と思わず言ってしまった。「待ってますよ。」とにっこりと言ってくださる。「題名のない音楽会」の時のままの気さくそうなお話しぶりでした。

というわけで、ミーハー心も十分に満たされて、今度こそホールを後にしました。こんな話まで書いてすいません。

b0031055_21152269.jpg

[PR]
by fumiko212 | 2011-11-27 21:09 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ベルリン・フィルの姿

休憩を挟んでブルックナー9番。
曲については何も書けないので、目で見て耳で聞いた私の印象に残っていることを書きます。

この曲で一番好きなフレーズは第2楽章で何度か繰り返される短い休符に続いて始まるオーケストラ全体が同じ旋律、リズムを力強く刻む部分。ここがかっこよくてすごい好き。ここを聴くのが一番楽しみだった。
予習で聴いていたウィーンフィルのCDでは微妙にトロンボーンらしき金管楽器がリズムに乗りきれてないのが気になってた。ベルリンフィルはどんなふうなのかしら。。。

曲が始まると冒頭の大迫力のあのメロディーを超えたところで、すでに第1ヴァイオリンの弓の毛が切れてひらひら舞っているのが目に入った(それも2人も)。
先々週のチェロレッスンで、近頃話題のチェロ2人組のことを先生が話されたのだけど、弓の毛が切れるのはかっこいいことでもすごいことでもないので真似しないでね、切れるってことは余計な力を入れすぎて音は乱れているということだから、というようなアドバイスがありました。あれにあこがれておかしな方向に行っちゃわないでね、ということでおっしゃったのだと思います。チェロ2人組の方たちはパフォーマンスとしてわざとあのような演奏をしていると思うので、弓の毛が切れるなんてダメな演奏だ、という意味でもないとは思うのですが、それでもググッと力が入った時に起こる現象だということ。
第1楽章のあの重ーい歪んだ音を出すというのは音が割れてしまうギリギリのところまで力を入れてるんだなあ。ベルリンフィルであっても。

そんなことが頭をよぎりつつ、曲は2楽章へ。いよいよだ。私のワクワクは最高潮。
休符の後の入りは、聴き手側もぐっと力が入る緊張があるのだけれど、楽章の中で4回繰り返されるこの部分の2度目に私の耳でもわかる乱れがありました。多分、管楽器と弦楽器だったと思うのですが、2つの音が休符の後バラバラッと早く入ってしまったんです。あ、いかん!という感じで私が焦ってしまった。ベルリンフィルでもこんなことあるの?むしろこの程度はOKなの?と思ったのですが、やはりよくなかった様子。オーケストラがここでビクッとなったように感じました。ここから先は二度とあってはならない、という気迫の表情が第2ヴァイオリンの最後列まで伝搬していて、オーケストラの気持ちがギュッと凝縮されたように感じました。(全部私の妄想かもしれませんが。)その時のラトルは平常心のままのように見えた。3度目の同じフレーズの入り、休符の後、オーケストラが一斉に息をスッと吸い込む音がそれまでよりもずっと大きく聞こえ、その瞬間にたくさんのことが私の胸に迫ってきた。

ベルリンフィルといえば、指揮者をもビビらすプロ集団。最近では佐渡さんが定期公演を指揮したときのリハーサルを取材したドキュメントが公開されましたが、佐渡さんサイドから見たベルリンフィルは泣く子も黙るという感じで、とにかく指揮者を値踏みしてダメと判断されたら次はない、というような切羽詰まった雰囲気。安永さんの対談でも、指揮者がダメだと楽団員たちがリハーサルの休憩時間などにコンマスに「何とかしてくれ」と言いに来るそうで、そこである程度調整してもダメとなると団員たちはコンマスを見て演奏を始めるらしい。すると演奏がよくなっていくという。これ、気の弱い指揮者が読んだらもう指揮台になんて上がれませんよ。

そんな話を見聞きして、ベルリンフィルはどんな曲でもスイスイとできてしまう人たちなんだろうなと思っていると、一方で団員たちへのインタビューで構成されていたドキュメント映画では、彼らは一様に毎回すごいプレッシャーで押しつぶされそうだという。自分はいつこの集団から脱落してしまうんだろうか?どんなに練習しても安心できない。といつも恐怖におびえているようなことを言っている。

このギャップはなんなんだ?

3年前の来日公演を聴いた人たちが書き込みしてるのをmixiか何かで読んだときに、あまり良くなかったと書いている人が少なくない人数いて、中にはそもそも日本なんかでベルリンフィルは本気出さない、と書いていた人もいた。まあクラシックマニアの人たちはすんごくいい耳を持ってCDとかも聴きこんでいるのだろうから、そういうことなのかしらねえと感じたりもしたけど、今回自分の耳と目で確かめて確信したことは、たとえベルリンフィルであっても生半可な集中力ではオーケストラの演奏というのは成り立たないということ。もしそのような気持ちであの場にいたら、聴衆には気づかれなかったとしても隣に座る仲間に気づかれてしまう。そんなことしたらこれから先仲間の信頼や尊敬を失ってしまうことになる。その恐怖をだれよりも知っているのが彼ら自身なんだ。

鬼気迫る集中力を目の当たりにして、天才がさらに生半可でない努力をし、それでも全身全霊をかけて集中しなければ振り落とされてしまうという恐れを持って存在している。それがベルリンフィルの本当のすごさなんだと。私は本気で感動していました。

その短い休符の後に続く旋律は完璧に同期し、オーケストラが一つの楽器になってリズムを刻んでいた。
(去年の第九の練習で先生が何度も「指揮に合わせようとしたらだめだ。」とおっしゃっていたのは、つまりはこういうことだったんだというのも本気で理解しました。)

そこからは、音楽の中に客席も飲み込まれて一つのうねりになっていき、第3楽章は頭でぐるぐる何かを考える瞬間もなく音楽の中にひたすらに身をゆだねていた記憶しかありません。

すべての演奏が終わって会場を後にする私の頭の中には、次はベルリンのフィルハーモニーで彼らの演奏を聴かなければ、という決意がありました。

彼らは私にとってのスーパースターであり、音楽の神様に愛された人であり、そして生身の人間だった。それを自分の目と耳で確かめることができて本当によかった。
[PR]
by fumiko212 | 2011-11-27 18:17 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

至高の時間が訪れた

ホールに入ると、さっきまでやたら目についたブランドバッグの人たちは気にならなくなっていました。そっか、ここはB席だものな。
実はチケットを購入した時は相当ぶーたれてたこのB席、その後この席じゃいやだ、という思いは払しょくされていました。というのは、藤原真理さんのエッセイを読んだ際にサントリーホールで彼女が好きな席としてあげていた場所がその私のB席だったから。その席がどういう席かということが書いてあり、その良さを私の耳で感じられるかという不安はあるものの、それこそ最高のプラシーボ効果が得られそう。さらにはコンサートの途中に思い出したのですが、かつて父がN響定期のBプロで持っていた席が確かこの辺りだったと言っていたことを思い出しました。いつも、すごく面白い席なんだと自慢していて、そうか、父も真理さんのエッセイを読んでこの席を買ったのかもなあと思ったりしました。

この日はコンサートの前にユニセフのセレモニーがありました。ドイツの子供たちが東北の被災地の子供たちに宛ててメッセージ、絵画、俳句などを贈ってくれたそうで、それらをまとめた本の贈呈とユニセフからベルリン・フィルへの感謝状の贈呈式が行われました。この時点でステージ上には楽団員が登場していたのですが、ふとテレビ画面の中で何となく顔を覚えていた団員の方々が目の前に、、、ということに気づいて、まるでロックスターか映画スターを目の前にしたファンのようにキャー!とテンションが上がっている自分に気づきました。ホント、私にとっては彼らはスターなのだなあ。いやー、興奮してきた。

セレモニーが終わり、一度ステージを降りたラトルが登場。何のためらいもなく1曲目のラヴェルが始まりました。そしてすぐに、この席が真理さんの言うとおりの席だと実感。1つ1つのパートの音がものすごくクリアに聞こえてきます。ああ、真理さんありがとう。読んでいなければそんな風に聞こえなかったと思う。オーボエとイングリッシュホルンの音がとてつもなく美しく響いてる。木管の音が素敵だ。、私のいる場所だとあっちこっちが気になって曲を塊として聴けていない気もして、ふとラトルを見ると、おお、すごい、オーケストラが1つの楽器になっているってこういうことなのか、と思えたり。いやもう忙しくワタワタしているうちにあっという間に1曲目が終わってしまって、何を舞い上がっておるのだという状態。でも、この後の席の移動やらを待つ時間で少し落ち着けました。

さて、いよいよ問題のホルン協奏曲が始まります。解説によると、ソリスト以外のホルン奏者2人とトロンボーン1、トランペット1が客席に散って演奏するとのこと。2階のLC、RCのバルコニーのところにホルンが1人ずつ、LA、RAのドアの前にトランペットとトロンボーン奏者が立っています。「開花の時」というタイトルがついたこの曲は蓮の花の開花を表現しているのだそうで、オーケストラが水面を、ソリストが花を表しているのだそうです。ピアニッシシシモ(?)の弦のハーモニクス(多分、、、)のロングトーンで曲が始まりました。その瞬間に会場の空気がガラリと変わりお客さんの集中力が急速に高まっていくのがわかりました。オーケストラの集中力がすごい。それが客席にもビシビシ伝わってくるからこちらも背筋が伸び、全身でその音を受け止めようとする。
以前読んだN響オーボエ奏者茂木さんのエッセイに、演奏会の成功はオーケストラだけがどんなに頑張っても得られるものではなく、その演奏を客席が受け止め返すことで演奏がよりよくなっていく、とありました。そういう空気が生まれつつあるのが肌で感じられました。
私がこれまでホルンという楽器に持っていた印象も大きく変わりました。うねるような音を出すソリストと、2階席バルコニーから聞こえてくる派手なギラついた音は、それぞれが同じ楽器とは思えない違った色をしていました。ちょっとサックスに近いような音色に感じた部分もあったり。その音の応酬を聴いていると、クラシックというよりはむしろジャズっぽく聞こえるような場面もありました。いいぞいいぞという感じ。
このままどこまでも続いていきそうな激しくうねった音楽が再び静かな弦のこすれる音とともに収束していく最後の部分は、夢から覚めるていくような覚醒の時間を経て、再び現実の世界に戻っていきます。しばらくあの世界にとどまっていたいという思いを残しながら。
普段はあまりないのですが、音楽を聴いていて、目の前の空間に何かが見えてくるような体験をすることがあります。この曲を聴いているときも、一つの空間作品を体験したような、確かに何かを見ていたような、不思議な感覚が残りました。
ラトルがゆっくりと手をおろし、オーケストラが楽器をおろすまで客席は微動だにせず見守っていました。
本当に素晴らしい体験だった。
日本の客も本気出すとすごいんだ、と誇らしかった。それはやはり日本の作曲家の作品だったということも大きいように思いました。なんというか、皆さんならこの世界わかるよね、うんわかるわかる、かつて見た世界のように思う、というやり取りがあったような。多分私の思い込みだけど。
そして、偉大なマエストロであるラトルも、世界最高峰の演奏家集団であるベルリン・フィルも、この曲の世界を再現することにひたすらに忠実であり真摯であったように思いました。それは作曲家だけが描いたヴィジョンなのではなく、それが全員に共有されて意志を持って再現されていたような。
演奏が終わって、客席後方から作曲家の細川さんが舞台に招かれ、オーケストラを含めた会場中の称賛の拍手が沸き起こりました。その時私は心からこの偉大な芸術家に「ありがとう」という気持ちで拍手を送っていました。
b0031055_7175642.jpg

(写真は公式ブログから拝借しました。すいませんっ。)
さて、休憩を挟んで、最後の曲、ブルックナーの9番です。 つづく
[PR]
by fumiko212 | 2011-11-26 01:19 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

3年分の思いを胸に

このブログでベルリン・フィルについて初めて書いたのが2008年11月のことでした。
テレビでベルリン・フィルの演奏とは知らずに聞いたオーケストラの演奏に心を奪われたあの日から3年の月日が流れたこの11月に、やっと、やっと、ベルリン・フィルの音楽を生で聴く日が訪れました。

3年前のあの日、プラシーボ効果なしには音楽の良し悪しなんてわかんないだろうなーという私の耳でもその良さを聴きとれたのがうれしくって一気にファンになりました。
その後もテレビやラジオでコンサート中継をやっているのを聴いたり、デジタル・コンサートホール(インターネット中継)の無料視聴でいくつかの定期演奏会を聴いたりしてベルリン・フィルの音楽に接してきました。夢中になって聴きまくっているというほどではなく、折に触れて、という程度でしたが。
演奏以外にもドキュメント映画を見たり、元コンサートマスターの安永徹さんの対談集を読んだり、その安永さんの演奏会やベルリンフィル12人のチェリストたちの演奏会に行ったり。さらには、あのコンサートで見た8本のチェロとソプラノ歌手で演奏されたヴィラ・ロボスのブラジル風バッハ5番の素敵さにそれまで漠然としていたチェロ習いたい思いが臨界点まで達してしまいチェロまで習い始めちゃった。そうやって小さくいろんな変化が起こっていたこの3年でした。こうして外堀はかなり埋まってきていたんですが、やっぱり本丸は遠い。

震災直後のラトルからの日本へのお見舞いメッセージの中で11月には日本公演を行うというコメントがあって、それでも自分は行けないような気がしてた。チケットを取るのも大変そうだし、チケット代はきっとすごく高いだろうし、、、と。
詳細が発表になると思った通りの高額チケット。今となっては高いけど不当に高かったとは思わないけど、1回のコンサートに数万円というのは私の金銭感覚ではどうしても尻込みしてしまう。
そうこうしている内に販売各社が優先エントリーを受け付け始めたので、選べる席種の中で一番安かったB席にエントリーしてみた。本当に絶対に行きたければ、一番席数が多いS席にエントリーするんだけど、まあ取れなきゃそれで諦めつくし、むしろ取れなくてもいいやという気持ちが半分。案の定、チケットは全部落選して、一般発売当日。これもダメもとでインターネット販売のサイトにアクセス。まあつながらないだろうなと適当にいじっているとB席が1枚だけ出てきた。3万円も出してそこですか?という場所。どーしよっかなあと保留にしているつもりだったら、どうもそれは購入確定ボタンを押した後の画面だったらしく、結局チケット購入していた。そんなこんなでかなり消極的な感じでチケット入手。

それでも、自分なりに行きたいプログラムの日を購入しました。演奏するのは3曲でラヴェルの短い曲と細川俊夫さんという日本の現代作曲家のホルン協奏曲の日本初演、そしてブルックナーの9番。
ブルックナーの9番は、丁度その3年前にサービスが始まったデジタル・コンサート・ホール(ベルリン・フィル定期演奏会のライブ・インターネット配信サービス)のプロモーション映像で流れていて、何度も何度も聴いて耳になじんでいた曲。さらに日本初演のホルン協奏曲というのも魅力的。以前も書きましたが、在京オケの定演に行っていると日本初演の楽曲を偶然に聴けることがあるのですが、そういうコンサートは印象に残ることが多く、いつもいいもん聴いたなーと思えていた自分を思い出していました。もちろん、予習できない知らない曲を聴くというリスクもあるのですが。
などとかっこよく(もないか、、、)書いてますが、コンサートホール前の広場に着いた私は全然前向きじゃなく、最近では珍しい趣味の悪いブランド物のバッグを持った人がやたら多いことが気になって仕方なかったです。やっぱ、こういうコンサートは金持ちの道楽なんだろうか、、、なんて思ったりして。

いや、でも、この日本初演の曲がツアーのプログラムに入っているというのは私にとってはかなりうれしい材料だったことは事実です。

以前にデジタル・コンサートホールで見た定期演奏会の中で印象に残っているプログラムがあります。
ひとつはウィントン・マルサリス率いるジャズ・アット・リンカーンセンター・オーケストラと共演したコンサート。アンコールではオケ団員も即興演奏に加わって大ジャムセッションになったすごいコンサートでした。
それからもうひとつ。これは実は全編通して視聴してはいないのですが、ピーター・セラーズ演出による超斬新なマタイ受難曲。客席まで使って演奏者が動き回りながら演奏をしている、まるでストレートプレイのお芝居を見ているようなクールな演奏会で、これ時間があったら全編見ようと思っていたことを思い出しました。

そういうコンサートを見るたびに、やっぱり地元で定演を聴いてこそのベルリン・フィルなんだなーと思っていたのです。こういうのも演ってしまうのがベルリン・フィルの懐の深さ、かっこよさ、私がベルリン・フィルかっこいいと思うポイントです。
でも、そういったプログラムを海外ツアーに持ってきてくれるということはあまりないんじゃないかな、と思っていたのです。(実際はどうだか知らないですけど。)

これくらいグダグダ考えないと行く決心がつかないくらい、私にとっては高いチケット代でした。

さて、いよいよ演奏会が始まります。 つづく
[PR]
by fumiko212 | 2011-11-26 00:08 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

10月に読んだ本

最近、旅の情報収集のために旅本ばかり読んでいて読書しない日々です。先月はパリの余韻に浸りつつ石井好子さんのパリ&料理エッセイを読みました。読書メーターへの登録が11月1日になってしまったけれどもう1冊あり、それも良かった。

9月に読んだ本のエントリに書いた「オリガ・モリソヴナの反語法」はドゥマゴ文学賞受賞作(2003年)で選者が池澤夏樹さん。池澤さんの本は一時期(90年代に)たくさん読んだ。中でも一番好きだったのが「マシアス・ギリの失脚」。90年代を通して読んだ本の中で一番おもしろかった。これは第29回(93年)谷崎賞受賞作品だった。選考委員は、井上ひさし、河野多恵子(書面参加)、ドナルド・キーン、中村真一郎、丸谷才一、吉行淳之介。第34回(98年)からは選考委員に池澤さんが名を連ねている。
ちなみに2003年の谷崎賞受賞作品は多和田葉子「容疑者の夜行列車」。あらすじを読むとすごくおもしろそう。この方、2002年のドゥマゴ文学賞受賞者でもある。
米原さんがもしドゥマゴ文学賞の選考委員を務められたら、どんな作品を選んだのだろうか。そういえば彼女の著書に「打ちのめされるようなすごい本」という書評集があった。
心の中の積読本は増えるばかりだ。

■オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)
オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)著者の作品を何か読みたいと思いドゥマゴ文学賞受賞作との紹介文から手にした本。たった一人の選者により選出されるドゥマゴ文学賞。この年の選者は池澤夏樹氏と知って期待がさらに膨らんだ。期待通り、いや期待以上の素晴らしい作品に出会えた。読書する喜びとはこういう作品と出会えること。最後の一行を読み終えた時自然と涙が流れた。暗黒の時代を生き抜いた女性たちが、どんなに虐げられた環境にあっても誇りを失わず毅然と生きる姿に尊敬の念を抱いた。絶対的な支配者をたじろがせるオリガの姿が悲惨な話から目を逸らさない勇気をくれた。
読了日:10月02日 著者:米原 万里

■パリで「うちごはん」そして、おいしいおみやげ―暮らすように過ごす旅レシピ
パリで「うちごはん」そして、おいしいおみやげ―暮らすように過ごす旅レシピオオヤコーヒのオオヤさんとコラボしてた料理家の重信さん。どんなお料理作る方なのかな?と検索して見つけた本。まさに求めていた内容だった!それが半年くらい前で、パリに行く直前に再読。マルシェで買い物して料理しまくりな旅は真似できませんが(汗)お惣菜やレストランでメニューを選ぶヒントになりました。本当はグランエピスリーに入り浸って自分で美味しいものを発見したいけど時間が限られた今回の旅では重信さんのおすすめ食材をとても参考にしました。これから開けるものもあって楽しみ!
読了日:10月17日 著者:重信 初江,soci´et´e bonne

■巴里の空の下オムレツのにおいは流れる
巴里の空の下オムレツのにおいは流れるニース風サラダやラタトゥイユのことをまったく知らない人に説明するように書いてあるので、きっと発行年は相当古いんだろうな(奥付には再販年のみ)と読み進み、後から知った発行年は昭和38年とのこと。料理のレシピを通して読むフランス生活のエッセンスは当時のパリの風景を活き活きと伝えてくれる。やはり生活があり、手を動かしている人の文章には実態が感じられるのだ。石井さんの渡仏が52年。ほとんど同じ年代にパリ滞在した高峰秀子のエッセイが期待はずれだったのだが、本書ですっきり解消できた。表紙も素敵。
読了日:10月18日 著者:石井 好子

■巴里の空の下オムレツのにおいは流れる レシピ版
巴里の空の下オムレツのにおいは流れる レシピ版エッセイにつづられた料理の数々が写真入のレシピ版として発売されたのはエッセイの発売から40年近くの時を経た2004年。でもページをめくると、そこには子供の頃見た母の料理本の面影がある。クレヨンで書いたような手書きの料理名や写真の色合い、料理の盛り付け、食器の数々。あとがきにこれらのアンティーク食器は数ヶ月かけてスタッフの方たちが探し回ったとあり、料理の盛り付けも当時の雰囲気を壊さないように注意を払ったのだそう。バターの量を卵の大きさに例えるという当時のフランス文化がいい。大匙何杯よりわかりやすいものね。
読了日:10月22日 著者:

■木がずらり
木がずらり手紙社さんのブログで紹介していたジャバラ絵本。ロートレック展を観に行った三菱一号館美術館のミュージアムショップで遭遇して立ち読み。これは素敵。原画(コラージュ?)を見たいと思った。ジャバラの両面で20~30の木が登場した。昼と夜、全部違う表情。自分は想像力の乏しい子供だったようで、絵本というものは大人になってからのほうが楽しめているように思う。子供の頃は細かい字の岩波文庫や布で装丁したような2段組の大人の本にロマンを感じていたような気がしなくもない。もう忘れちゃったけど。いい絵本と巡りあっていなかったのか
読了日:10月25日 著者:tupera tupera
[PR]
by fumiko212 | 2011-11-06 23:00 | 本・雑誌 | Trackback | Comments(0)

目指すお店Passage53に到着

さて、無事に時間通りにレストラン付近にたどり着きました。お店の名前は「Passage53」。お店に電話したときに、「そちらはPassage53ですか?」と最初に確認しなきゃなと思ったとき「53」ってどうやって読むんだ?と調べました。「サンカントロワ」です。
Eleven Madisonと同じ方式で、Passageの53番地がお店でした。パッサージュというのは正しい定義はよくわかりませんがパリのあちこちに点在している屋根付きのこんな小道のことです。多分古くから変わらずに保存されていて両サイドには古そうなお店がギッシリ。本屋さん(絵本専門店などの独立系本屋)、額縁や絵画を売るお店、手芸店、アンティーク風のアクセサリーを扱うお店、など、1軒1軒くまなくチェックしたくなります。
b0031055_5241761.jpg

b0031055_5281565.jpg一度外の通りに抜けてさらに向かい側のパッサージュを進んでいくとレストランが増えてきました。最初見落として通り過ぎてまた戻ってきたらこんなにわかりやすい看板が出ていました。(パッサージュの番地は例えば80まで番地がある場合、片側で1~40、Uターンして41~80という具合に並んでいた模様。つまり1の向かいが80。多分そうだった…。)
お店の前でMちゃんとバッタリ。わあわあ!と再会を喜びつつ、一緒に来られていたこちらのお店で旦那様が働いていらっしゃるというお友達にもご挨拶できました。3月にMちゃんがパリに旅立つ直前のランチ会をしたときに私が「Mがパリにいる方が今よりも会える気がするよ~。」と言っていた予言が当たって、今までは1年に1度会えるか会えないかだったのが半年振りに再会できました。そのとき一緒にランチした日本に居る別の友人達とはあれ以来まだ会ってない。笑

お店に入ると、電話に出てくれていたらしい日本人女性スタッフの方が迎え入れてくれました。お店の内部の配置などは鮮明に覚えていないのですが、間口が狭く奥行きのあるスペースで、壁側がソファで2人がけの席が並んでいたように記憶しています。低めの椅子が並んでいて、レストランというよりもカフェ(パリのカフェでなく日本のこぎれいなカフェのイメージ)っぽい雰囲気でした。瞬間、ちょっと食事をするにはなあと思ったのですが、私たちにはお店の一番奥にある4人がけの丸テーブルが用意されていました。そこはテーブルクロスのかかったレストランらしい一角。2方を壁に囲まれているので、手荷物などを置くのも安心感があってよかったです。
1時の予約でしたが、私たち以外にはまだ数組程度のお客さんしかいないようでした。
b0031055_613216.jpg

席に着くと、日本人の男性のサービスの方(ソムリエさんでした)が食前酒などを勧めてくださり(ここではグラスシャンパンをいただくことに)、つづいてコースの説明は最初の女性のスタッフの方がすべて日本語で。助かる~。
10皿のシェフお任せのコース(ポーションは小さめとのこと)110ユーロ、または5皿に絞った60ユーロのコースのどちらかとのこと。ちなみにどちらのコースにしても、このお任せというのは、料理が出てくるまで素材も調理法も秘密なのです。苦手な食材のみ最初に尋ねてくれます。そういうのを「Dégustation(デギュスタシオン)」というのだということを今回の旅行で知りました。(絶対に秘密ってことでもなくあらかじめ教えてくれるケースも含めて、かもしれません。)
私的には、たった3日のパリ滞在、この際110ユーロでもという気持ちがなくもなかったのですが、はじめてくるお店だし、皆さん小食だと思うし、そうは言っても私も小心者なので迷うことなく60ユーロの方です。

さて、オーダーも済んだのでシャンパンをいただいて、の前に、ちょっとお化粧室へ。2階にあるとのことで階段を利用。この階段が、私史上最も半径の小さい螺旋階段でした。本当に人一人通れる幅しかない。パッと見、ほとんど鋭角部分て感じ。これ、ワインで足元危なくなってからトイレに行くのは危険だなー。(そんなに飲まないけど。)今日は螺旋階段の日だなあ、と感慨に浸りながら2階へ。2階はお化粧室以外は厨房スペースでした。ということは、、、そうです、あの鋭角螺旋階段をお料理のお皿を2枚3枚もったサービスの方が何度も行き来するのでした。見ているこっちがヒヤヒヤしますが、皆さんクルクルと余裕の足捌きでした。

やっと落ち着いてシャンパンを注いでいただきました。このあたりも日本語でやり取りできるのでほんとーーーうに助かります。それをせっかくフランスに来たのに、、、とマイナスに捕らえる方もいらっしゃるかもしれませんが、落ち着いてお料理に集中してその味を堪能するには最高の環境です。ワインをお願いするにも細かい好みを伝えて選んでもらえるし、お料理の説明もすべて理解できる。食材や調理法、ソースについてなど、繊細に味付けられた料理は味わうヒントをもらって食べた方が絶対に楽しめると思う。こんなにありがたい環境はないです。まるっきり日本で食事している状態で完全リラックス。でもお料理はやっぱり日本のフレンチとは違った、そして伝統的なフランス料理というのとも違う、独創的なお料理でした。

ということで、お料理写真は次のエントリへつづく。

b0031055_685092.jpg

[PR]
by fumiko212 | 2011-11-06 06:08 | -パリ(2011/10) | Trackback | Comments(0)

ミシュランランチ大作戦

パリの話のつづき。お菓子屋さんは置いといて、その後のランチのこと。

いつもはしがない一人旅の私ですが、今回は2人旅。ならばビストロや定食屋のごはんだけでなくレストランでお食事というアトラクションも入れたいなー、と思いついたのが出発2週間前。4月からパリに住んでる友人のMちゃんともどこかで会いたい。それには予約するごはんを入れてそこにきてもらうのが確実だ。諸々個人的な思惑によりランチに良さそうなレストランを探すことに。

春に京都に行ったときにミシュランを頼りに選んだ1つ星イタリアンのランチがよかったことを思い出して、そうだ、1つ星のレストランから探そう!という意気込みで検索開始。雑誌に出ているようなところもあるけど動線を考えるとあまり遠くにはできないし…。しかし、1つ星ってそれこそ星の数ほどあるのね。そこで、対象を今年初めて1つ星を獲得した店に絞りました。そういうとこは勢いがあって良さそうじゃないですか。

「ミシュラン 2011 1つ星 昇格 パリ」などと入れて検索した結果、対象は9店ほどに。郊外の店を除外すると6店ほど。1つずつ店のHPを見て、場所とか得意料理とか雰囲気とかを比較。うーーーーっ。ほとんどフランス語で気持ち悪くなってきた。在住日本人のブログにも出てたりして良さそうな店を1つ選び出したんだけど場所が17区だったかで遠い。フィガロのサイトから予約ができそうなんだけど第一希望だった土曜日のランチはやってないっぽい。(でもここ、余裕のある日程だったら行ってみたい感じでした。)別のモンパルナスの店は店のサイトから予約できるんだけど、なんというかNYのデザインホテルっぽい落ち着かなさそうな内装の写真に怯む。別の店はちょっとイタリアンが混じったようなメニューだし、、、とどこも決め手にかける。

そこで、最初に↑の検索ワードでググッたときにヒットしまくった北海道出身の日本人シェフのお店、2010年にミシュラン1つ星を獲得し2011年に異例の速さで2つ星に昇格して話題になっている、というお店を検討することに。しかし、お店のHPには住所と電話番号くらいしか出ていなくてコースの料金もメニューも出ていない。ヒットしたサイトをいくつかチェックすると料理の雰囲気はつかめるんだけど、2つ星になったことでお値段もそれなりなんだろうな、、、としばし逡巡。しかし、ここは場所も便利そうだし、何より紹介されている料理の数々が美味しそう。やっぱりここしかないな、と腹をくくってお店に電話してみました。ランチのお客さんの波が引けた頃を見計らって電話したもののフランス語をしゃべる留守電に撃沈。かけ方が違ったかなー?と何度か電話をかけたらやっと生身の人が出た。英語が通じますように、、、と祈りつつとりあえず目指すお店に電話かかってるのか確認するために言葉を発した瞬間くらいに「じゃぽね?」と聞かれました。「はい。(日本語で、汗)」と応えたらすぐに別の人に変わってくれる様子。まさかそのシェフじゃあるまいし、、、と待つこと数秒。流暢な日本語を話す女性が電話口に出てくれました。良かったー。

土曜日のランチはディナーと同じ内容のコースしか選べないということで、小さいお子さんがいるMちゃんが外出できるのか危ういなーと思いつつ、到着日金曜日のランチを予約。ひとまず第一関門突破した。

Mちゃんに早速打診すると、都合がつくとのこと!ひゃっほーう!さらに、驚いたことにMちゃんのお友達の旦那さんがこのお店で働いていらっしゃる(スーシェフでいらっしゃるんだっけ?)とのことで、もうここからは全部Mちゃんにお任せモード。前日にコンファームしなきゃならないといわれてて、飛行機に乗っちゃってて無理だから2日前で勘弁してください、などとお願いしていたコンファームももう丸投げしちゃいました。助かったー。

後は、飛行機がディレイしてランチまでに着けない、という事態にでもならない限り万事OKです。
たっのしみだな~♪


つづく
[PR]
by fumiko212 | 2011-11-04 21:23 | -パリ(2011/10) | Trackback | Comments(2)

芸術の秋週間④ 小曽根真カルテット@Body & Soul

芸術の秋週間の最後を締めくくったのが、青山のジャズクラブBody & Soulでの小曽根さんのカルテットのライブ。

ちなみに「週間」のタイトルどおり、①~④は全部先週1週間にあった話。東京の秋は大忙しだ。負け惜しみでなく、やっぱり東京ってすごい街だと思います。NYでもパリでもアンテナさえ張れればいろいろすごいものに出会えるんだろうけど、東京だってすごいんだぞ!と書いちゃう時点で負け惜しみか?笑

今回のライブは急遽決まったそうで、お店からのメールが入ったのが1週間前くらいというかなりのショートノーティスでした。速メールで予約しましたが、後から前日がNNHのコンサートだったと気付きました。2日連続で小曽根さん♪
本当は電話で予約してかぶりつきシートなどを物色したらよかったのですが、今回はお任せだったのでお店の一番奥のコーナーの席になりました。でも、この席、以前も座ったことがあるのですがお店全体が見えてなかなかよいのです。B&Sにハズレの席はないということ。と余裕をかましたのもつかの間、ライブが始まってすぐにやはりかぶりつき席がよかったか、、、とちょっと後悔。笑

この日はカルテットということで、NNHのメンバーであるテナーサックス(&クラリネット)の岡崎正典さん、ベースの中村健吾さん、ドラムの高橋信之介さん、という豪華なメンバー。
小曽根さんが担当されたNHKの世界遺産の番組の曲を中心とした、普段は聴けない曲が演奏されました。
前日の大ホールでスピーカー越しに聴いたときと同じように、この日もまた小曽根さんの音がキラキラと輝いていました。忘れもしない、三木さんのビッグバンド、フロントページ・オーケストラに小曽根さんがエキストラで出たB&Sのライブ、あのピアノの鍵盤に手が届きそうな場所で聴いた小曽根さんの演奏をまざまざと思い出すあの音。あの音が鳴り響いていました。
ご一緒したMさんが「さらに進化した」とおっしゃっていたのは私もなんとなく感じることができているような気がして、それを自分なりに言葉にすると、あの時と違うのは音の輝き一つ一つがより純度の高いダイヤモンドのような、冬の空に静かに輝く恒星のような、キラキラしていることには変わりがないのだけれど、シンと静かなのにじっと見ていると無限に広がっていくような、そんなような音に聴こえました。2日ともそう感じた瞬間が確かにあった。
The Trio時代の前半と後半では小曽根さんの演奏はすごく変わってトリオが終わる頃はなんというか複雑になりすぎてしまって私は少し置いてきぼりにされてしまったなあと思っていました。その後、クラシックや即興演奏の時代があって、そしてNNHでの小曽根さんがあって、そしてこの2日間の小曽根さんはやはり去年まで聴いていた小曽根さんとは違っているように思えました。最近あまりチェックしていなかったクラシックの小曽根さんがどんな演奏をされているのか、またソロの演奏なども聴きたくなってきました。
でも、やっぱり私はこの日のカルテットとかトリオとか、このくらいの編成での小曽根さんのピアノを聴くのが一番好きです。小曽根さんが「大きなところでやらせてもらっててこんなこというのはなんですけど、やっぱりジャズはね、このくらいの狭いところがいいよね!」とおっしゃって客席を喜ばせてくれましたが、本当にB&Sで小曽根さんを聴くのが一番の理想的な環境です。

今回、急遽決まったこのライブ、やはり今のご時世、東京のジャズクラブを取巻く環境は厳しい状況らしく、「ここがなくなると困るよね!」という小曽根さんのB&SとKyokoママをサポートしたいというお気持ちで実現したようでした。今まで、ここでいくつものすばらしいライブを体験させてもらっている私ですが、正直、小曽根さん以外の出演者の日に聴きに行ったことはありません。だからいつでも満員御礼のところしか見たことがないのですが、これからは小曽根さん以外のミュージシャンの演奏も聴きに行ってみるようにしようかな、と思いました。(月一エンタメが何もない月は行ってみよう、なんて思っているのですが、何もない月ってないんですよね、、、)

そうそう、このBody&Soul、お料理もとっても美味しいのですよ!例えば、東京にご旅行などで遊びに来られた方なども、夕食を兼ねて音楽を聴くというのもとても東京らしい体験になると思います。それからニューヨーク好きの人にもおすすめ。ブルーノート東京やコットンクラブ(には行ったことないけど)に行くよりもずっとニューヨークらしいジャズクラブの雰囲気を味わえると思います。

小曽根さんの話ばかりになりましたが、この日のメンバー、皆さんすばらしかった。健吾さんのベースは言葉を語りだしそうな表情豊かな音だったし、前日のラプソディ・イン・ブルーでもクラリネットを吹かれた岡崎さんのサックスもですがクラリネットの音、こんな風にクラリネットの演奏を近くで聴くのは初めてだったのですが、やっぱりクラリネットの音ってやさしくて好きだなーと思ったり、高橋さんのドラムは洗練されていて、なんとも素敵なコンビネーションでした。

ここで音楽を聴くときはいつもご一緒してくださるMさんと小曽根さんを聴けるというのも私はいつもすごく嬉しくて、毎度毎度ショートノーティスでお誘いしてしまうのですが、ご都合をつけてくださってご一緒していただいています。ありがとうございます。

そんなわけで、ここでの体験はすべて幸せな思い出になっています。だから、やっぱりなくなっちゃ困るのです。東京の夜はジャズを聴きましょう!
[PR]
by fumiko212 | 2011-11-03 22:41 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

芸術の秋週間③ 「ガザを飛ぶブタ」@東京国際映画祭

b0031055_16215571.jpg一番最後に映画館で映画を見たのは3年前くらい?自宅や飛行機の中を合わせても同じくらい見てなかった。元々は映画はそこそこ見てた方だと思うんだけど、いつからか見たい映画がなくなり、そうなると益々情報も入って来なくなりで長らく映画から遠ざかってました。

今回、この映画を観に行ったきっかけは「エルムンド」(BSでやってるTV番組)のトークコーナーに東京国際映画祭のプログラミングディレクターというポジションを務めていらっしゃる矢田部 吉彦さんという方がゲストで出ていたのを見てでした。

矢田部さんがコンペティション部門にエントリーされている作品の中からオススメ作品を3つほど紹介していて、それがどれも良さそうで、中でもこの「ガザを飛ぶブタ」という作品に興味を惹かれました。
パレスチナ人の漁師がある日海で網を引き上げるとそこにブタがかかっていた、というコメディ+不条理劇でありながら、パレスチナ問題というデリケートなテーマ、それをイスラム、ユダヤ、どちらの宗教にとっても不浄の象徴であるブタを使って描くというこの作品。映画のいくつかのシーンはとにかくコミカルで、山羊の毛をまとってカモフラージュしたブタを連れて漁師の男が歩く姿なんて、もうそれだけであり得なさすぎておかしくて。(しかもすれ違う山羊使いのおじさんにバレない。笑)
コメディ映画は元々好きだけど、ただ笑えるだけじゃなくて、結構重そうなテーマなのにあえてコメディで、というのがとにかく私の好み。矢田部さんが「こういうテーマにこそ笑いが必要」とおっしゃっていて、それにもすごく共感しました。コメディって本当にセンスが必要だし、ただ笑わせるだけのコメディはなんだか物足りない感じがするし。

番組を見ながらチケットを検索するとなんと1000円!学生は500円!安い!(最近の若者は恵まれてるな〜。最近はお芝居でも25歳以下、30歳以下の割引料金があるけど私たちの頃はそういうのなかった。という事はその世代の人達が劇場に行ってないということなわけで…。私なんてその頃のが今よりずっと行ってた。)映画館に着くと、それでも年齢層若かったので少しホッとしましたが。(私は何様だ?笑)

映画は、期待以上に素晴らしかった。(ここから先ネタバレあり)

主人公の男は運命に、というよりもひたすらブタに翻弄されつつも、それを受け入れたかのように利用しながら強かに生きていく。後半ではその運が尽きたかのようにジハードの戦士に仕立てあげられてしまい…。ブタは別として、これがジハードの現実なのだろうか?とだんだんと気が重くなる。けれど、男は偶然が重なりつつ生き延び、逃げ延びていく姿がまた痛快だ。

いくらでも悲劇や憎しみを生める材料だらけなのに、常に笑いと次に進もうとする前向きな展開がある映画だった。イスラエルとパレスチナ、どちらか一方を悪者に描いていないところも良かった。どんなことにもあちら側とこちら側があって、その片側から描いたものが殆どだけど、どちら側の人間だって一部の権力層以外の人たちはそれを望んでないのにそうなってる、なんてこと、世の中には無数にあるんだ。民族同士の争いなんてもしかしたらほとんど同じ構図なのかもしれない。わかっていたはずのことをもう一度確認できたように思う。

終盤、小舟に乗ったブタと漁師夫婦、イスラエル側のロシア人姉弟が盛大に口喧嘩をするシーン、監督はこれを描きたかったんじゃないかなと思った。自分たちの乗った小さい舟をひっくり返す勢いで言い争う愚かさ、でも面と向かって言い合える自由、そのどちらもが入っている、いろんなものを象徴してるシーンだったと思う。
そして、その小舟はある海岸に流れ着く。そこには東洋人の男がいて、漁師は手に持ったオリーブの枝(その枝は妻が親から受け継いだ夫婦の生活の糧となるオリーブの古木の枝。ある日、イスラエル兵士と思われる何者かに報復として切り倒されてしまった。)を差し出しつつ、私たちは安全な良き人間である事を切々と語りかける。その小舟はパレスチナ人とユダヤ人とブタを載せたノアの方舟、ということなのか?

b0031055_16215697.jpg終演後の質問コーナーでこのシーンの事を監督(脚本も監督による)に聞いてみたかったけど、そんな質問は出なくて(隅っこに座ってるおばさんはこういう時絶対指されないし。笑)監督が一番笑えたシーンは?なんて質問ばかりで…。若者よ、せっかく監督がいるのになんでその質問?とちょっとガッカリ…。(写真はその質問コーナーのときの様子。夜の11時半近くまで熱意あふれる回答をしてくれました。)


で、先のエルムンドの時の矢田部さんの話に戻りますが、こういったアート系映画を上演する映画館が今殆どなくなってしまっているのだそうで、そういう映画をもっと紹介したいという気持ちで出品作を選んでいる、というお話もされてました。そういえば私が映画館に行かなくなったのは、それまでよく映画を観に行ってた映画館が韓国映画ばかりやるようになった時期だったように思う。私が好んで観ていたのがそのアート系映画だっのかな?そして、そういう映画は日本ではあまり流行らなくなってしまったということなんだろうか。そういえば、ここ何年かは泣ける映画というジャンルもよく聞くけど、そういうのも全然観たいと思わない。

今回は何せ開幕前日にスケジュールを確認したのでこの作品しか見られなかったけど、他にもコメディジャンルでチェックしてた「羅針盤は死者の手に」(これはエルムンドで矢田部さんが紹介したもうひとつの作品)とか「最強のふたり」などが気になりました。それから「ブリューゲルの動く絵」も。次回からはもっと早くから情報チェックしよう。

先ほどコンペティションの結果を見てみたら、「ガザを飛ぶブタ」は観客賞を受賞していました!グランプリは「最強のふたり」。
[PR]
by fumiko212 | 2011-11-03 17:48 | 映画・舞台・ドラマ | Trackback | Comments(0)