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芸術の秋週間① トゥールーズ=ロートレック展@三菱一号館美術館

パリではあまり充実した美術班活動ができなかったので、帰国してからすぐにパリの香り漂うロートレックの展覧会へ。

三菱一号館美術館の所蔵作品とフランスのロートレック美術館所蔵のリトグラフが中心の展覧会で、小さな部屋にテーマごとに作品がまとめられていました。

ムーランルージュのポスターを中心としたカラフルな大判ポスター群も1つの部屋にまとめて展示されています。パリから帰ってすぐだったのが功を奏して、色鮮やかなポスターがパリの街を彩る風景をありありと思い浮かべることができる、というかポスターのまわりにパリの風景がCGで立ち上がるようでした。例えば横長で小型の「エグランティーヌ嬢一座」のポスターは地下鉄の入口の階段を下りていくところに、大きな「ムーランルージュ・ラ・グーリュ」は見上げる位置にある半円形の大きなポールに、そんな風にきっと掲げられていたのだろうと思います。(地下鉄はあの時代にはなかったかな?)

b0031055_10593827.jpg「エグランティーヌ嬢一座」のポスターはロートレックの一連のポスター作品の中でもとても好きな作品で、ずいぶん焼けてしまったポストカードを長いこと部屋に飾っています。そんな見慣れているはずのポスターでしたが、原寸サイズを遠くからふと見たとき、黒く刷られた踊り子達の脚だけが目に飛び込み、そのリズミカルに跳ねる5本の脚の効果に強烈に惹きつけられました。4人の踊り子の手前3人の脚はきれいに同じ角度に並び、一番奥の踊り子の2本の脚がそれとは違う角度に飛び跳ねる。これが4本揃った脚だったら…。収まりはいいけれどこんな躍動感はきっと表現できなかったことでしょう。そして、それは遠くから見たときにこんな風に深く印象を残すように計算されていた。そのことに気付いたとき、ロートレックが画家としてだけでなくポスター作家としていかにすぐれていたかということを思い知りました。


b0031055_23343919.jpgポスターに登場する歌手や踊り子はロートレック作品ではお馴染みの人物ばかりで、まるで知っている人のように親しく感じてしまいます。
特にお気に入りはロートレックと深い友情で結ばれていたという踊り子のジャヌ・アヴリル。ポスター「ディヴァン・ジャポネ」の気品あふれる黒いドレス姿。美しい。そして芯の強さや深い洞察力を併せ持った女性に違いない、と思わせます。とても好きな作品です。
他にも様々な作品に彼女の姿が残っていますが、印刷工房で試し刷りを手にするジャヌ・アヴリルや、今回は展示されていませんでしたが確かオルセーにあったステージを降りて家路に着く彼女の姿を捉えた作品も好きです。
ロートレックが描く彼女の姿からは、常に気品と知性が感じられ、ロートレックが彼女に対して抱いていた親しみと尊敬があふれているように感じられます。このポスター群の部屋とは別の晩年の作品を展示する後半の部屋にあった、蛇が絡みつくドレスをまとったジャヌ・アヴリルのポスター。これも有名な作品ですが、解説文には「既に体調がすぐれないことが多くなったロートレックが彼女からの依頼に応えて様々な技法を取り入れた作品に仕上げた」とありました。2人の友情がやはり特別で生涯続いていたことが伝わってきて胸が熱くなりました。

なかなか話が進みませんが、娼婦たちの1日を描いた「彼女たち」のシリーズもすべて展示されていました。解説によると、1つのシリーズでも1枚ずつ違った技法を取り入れて製作されているということで、そういう視点で見ると益々興味深かったです。かつて見て好きだと思ったものにも新しい発見がある。版画(リトグラフ)という媒体にこんなに表現の幅があるというのは、今回の作品解説で新たに知ったことでした。

こうして、展覧会が時代を追って先に進むほど、私の鑑賞ペースはゆっくりになって行きました。

終盤にこれまたおもしろい展示を見つけました。ロートレックが親しい友人や知人に宛てたと思われる自宅アトリエでの展示会の招待状や晩餐会のメニュー(ロートレック主催の晩餐会ということではなく、頼まれたものも含まれる?ちょっと趣旨まではよくわかりませんでした。)の数々です。コミカルなイラスト(ロートレックと思われる人物が登場するものも)が添えられ、もらった人が喜ぶ顔が目に浮かぶようです。メニューはそこにどんな料理が書かれているのかも気になります。解読できたのはわずかですが、前菜、スープ、魚料理、肉料理、デザートまで材料や調理法が細かく書いてあります。ワインリストも銘柄や年まで、泡に始まり、白、赤が数種類ずつといったラインナップで書いてありました。19世紀末の日本の料理屋さんのお品書きを見てもきっと何一つ料理を想像できないかもしれませんが、フランス語のメニューは言葉さえ解読できればどんな料理かすぐにわかる。前菜もデザートも今もそのままの料理をレストランで食べられる。1950年代のパリに暮らした石井好子さんの料理エッセイを読んだときにも思ったことですが、フランス人が食に関して保守的なのか、日本人に節操がなさすぎなのか、とにかくフランスの食は新しいものが加わっても古いものがなくならないのですね。かなり思考が横道にそれつつ、生活と結びついた作品群を楽しく鑑賞しました。

いよいよ最後の部屋。
今回の展覧会で何度も登場する人物、ロートレックの友人モーリス・ジョワイヤン。彼は晩年のロートレックの製作を支え、そして死後は作品をまとまった形で残すことに尽力した人物なのだそうです。ゴッホにとっての弟テオのような存在だったのではないかなと想像します。
最後の部屋に、このモーリス・ジョワイヤンを大きな板に描いた油絵が展示されていました。解説には、既に身体が弱って長時間描くことができなくなっていたロートレックのために何度もポーズをとりモデルを務めた、とありました。木肌が透けて見える薄塗の仕上がりですが、一目見ると頼まれた肖像画ではなく描きたくて描いた人物であることが伝わってきます。ここに堂々と描かれたジョワイヤンは、まだ10代のロートレックが描いた威厳に満ちた父の肖像を思い起こさせました。
これを書きながら気付いたことですが、ジャヌ・アヴリルはこれも10代の作品の部屋にあった母を描いた作品に通じる部分があるのかもしれません。

アルコールと病に身体を蝕まれ、若くして亡くなったロートレック。それなのになぜか清らかな印象を残すのは、なぜか放っておけない屈託のない育ちの良さのようなものを生まれながらに持ち、友や家族を愛し愛された人生だったからなのだと思います。

非常に取り留めなく書いてしまいましたが、そんな風に思考をあちこちにめぐらせながら、このくらいの規模で画家の足跡をたどれる企画展は秋が深まるこの季節にピッタリでした。
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by fumiko212 | 2011-10-31 21:50 | アート | Trackback | Comments(0)

高いところへ!

カフェオレを飲み終わったら、次なる目的地へ移動開始。しかし、地下鉄の駅へ向かう道すがらのお店のウィンドウがかわいすぎてなかなか先に進めません。というようなことは滞在中四六時中起こりました。パリのお店のウィンドウはいつどこで見ても美しく、そしてかわいい。写真は後でまとめてアップします。

b0031055_2211449.jpgオデオン駅から地下鉄でシテ島へ。(2年前に使い残したカルネで無事に改札を通過できました。)

ノートルダムの塔に登りたい、というのが私の希望だったのです。

シテ駅を出ると、既に世界中の観光客がうようよ集結しています。10時オープンですぐに行列ができるというガイドブック情報どおり教会の外には行列が。。。(このとき10時15分過ぎくらいでした。)寒風吹きすさぶ教会脇で震えながら並ぶこと30分強だったでしょうか。やっと中に入れました。なぜかエレベーターで上ると思い込んでいた私は螺旋階段を見て唖然。登れるのか?私。しかし、この先今より脚力がつくとも思えないので登りたいのなら今しかない。これだけ並んだんだから登ります。(下の写真の細い柱のあるバルコニーまで登ることになるのでした。一番上ではなかったんですね。)
塔に上れる人数に限りがあるので、しばしお土産売り場で待機。ここには帰りには戻れなかったと思うので、買いたいものはこの間に買うべし。
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b0031055_2213586.jpg係の人の合図で店内の客が1列になって螺旋階段を登ります。まずい。このグループの先頭になってしまった。結構狭くて磨耗した石の階段を登るのはリズムが崩れると転びそうになる感じ。こういうものは一度休むと脚が上がらなくなるので、とにかくひたすら上昇。でもちょっと休憩したいかも、、、と思ったところで到着しました。良かった。
一歩外に出るとそこにはパリの絶景が広がります。うわー!やっぱり登ってよかった!
パリ左岸の絶景。左の黒い高いビルがモンパルナスタワー。中央辺りに見える白っぽい2つの塔がさっきいたサン・シュルピス教会。そして右端にエッフェル塔。
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モンマルトルの丘を中心としたエリア。この写真では見えませんが右側にポンピドゥ、左側にオペラ・ガルニエという風景が拡がります。
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バルコニーをぐるっと囲むように怪獣たち。叫び声をあげているかのような表情。でもその声は声にならないまま石に姿を変えられてしまっているような苦しげな表情が印象的でした。
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こんな青空は滞在中はこのときだけだったので、予定通りとはいえラッキーでした。

そろそろランチの待ち合わせ時間が気になり始めましたが、その前にお菓子屋さんへGo!

つづく
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by fumiko212 | 2011-10-22 22:13 | -パリ(2011/10) | Trackback | Comments(4)

サン・シュルピス教会、そしてあのカフェへ

今回は基本的にどこへ行くのも一緒の2人旅。私は2年ぶりだけど、Jちゃんは18年ぶり。18年前に代表的な観光地は全部見尽くしていたので、観光地めぐりは予定になかったけれど、お互いに行きたい場所の希望を出し合っていました。
まずはJちゃんが行きたかった場所、サン・シュルピス教会へ。ダ・ヴィンチ・コードのロケ地です。ここは一人旅のときの定宿が目と鼻の先という場所なので私も愛着があります。2年前には工事中だった教会前の広場がピッカピカに完成していました。こんなに広くてきれいな場所だったのか。2005年には教会の補修工事中でしたからこれですべて完成したのですね。見届けられて良かった。
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そして、ここまで来たからにはあのカフェへ行かなければ。2年前に毎日通った私のカフェへご案内。カウンターでカフェオレを立ち飲み。あああああ~、パリに来た!と実感しました。このときFacebook用に撮ってもらった写真の私の顔の幸せそうなこと。はい。幸せでした。
このとき、え?立ち飲み?という反応だったJちゃんも、帰る頃には「カフェのカウンターっていいね。」と気に入ってくれたのが嬉しかったです。カフェのカウンターの中のムッシュやマダムが忙しく働く姿は無駄がなくて芸術的。カフェで一番のエンターテインメントかもしれないとすら思います。
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by fumiko212 | 2011-10-22 21:19 | -パリ(2011/10) | Trackback | Comments(0)

朝スイーツでスタート

ホテルを出たら結構寒い。それでも元気に出発。
まずはホテル近くのラデュレへ。これも計画通り。一応機内食で朝食を食べていたので(ほとんど手をつけてないけど)朝ごはんではなく朝スイーツ。今思えばマカロンだけでなくてブリオッシュの1つも買えばよかったなー。
とにかくマカロンは買ってすぐ食べるのが一番美味しいので、お店の外に出てすぐにパクパク。美味しいな~。レモンはやっぱり何度食べても美味しい。もうひとつはココナッツ。
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ラデュレのウィンドウはいつもかわいいのでバシャバシャ写真を撮ってしまう。
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by fumiko212 | 2011-10-22 20:52 | -パリ(2011/10) | Trackback | Comments(2)

パリ到着!タクシーでパリ市内へ

前回のパリでは夕方の大渋滞で空港からホテルまで3時間かかったという苦い苦い思い出があったので、今回は朝も早いしタクシーでちゃっとホテルに乗り付けることに。こういうとき2人旅のありがたさを痛感します。
とはいえ、パリ市内へ向かう高速ってもしかしていつでも混んでて渋滞するんでは?という懸念があったので、出発の1週間前のお昼休み(ちょうどそれが私たちが1週間後にパリに到着する時間だった)にiPhoneのパリ市内交通情報アプリをチェック。右側通行なんだよねってとこに注意しながら見ると、パリ市の外周を囲む環状線のようなところに入る場所がちょっと混んでいる程度だった。一応現地友人にも確認して私たちが着く7時台は大丈夫だよってことで一安心。NYみたいにフラットレートにしてくれればこんな心配はないのになあ。小心者だから到着までのシュミレーションはきっちりしておきたい性質なんです。

この時期、日の出時間が8時になっているパリ。6時半に到着した空港はまだ真っ暗でした。タクシー乗り場もよくわからないまま目が合ったタクシーに乗車。こんなんで良かったのか?JFKなら白タクのような登場のしかただったけどちゃんとタクシーでした。

夜明けの高速を一路パリへ!やっぱりけっこう渋滞して(故障車が1車線ふさいでた)ヒヤヒヤしつつ、どんな道を通るのかなー?とiPhoneの地図をチェック。ローミングはオフにしててもGPSは動いてるんでしょうか?なんか場所がわかった。パリの外側を1/4周してエトワールの凱旋門の外からシャンゼリゼを通ってパリに入るというすんごい豪華なルートを走っていたようです。うおー!見えてきた!18年前は夜にパリに着いて送迎バスに揺られてホテルに向かった。そのときに一番初めに見えたパリのランドマークが美しくライトアップされたエトワールの凱旋門でした。ホテルも凱旋門の近くで毎朝毎晩親しく眺めた凱旋門。大人になってからのパリではめっきり近づかないエリアになってしまいチュイルリー公園から遠くに眺めるだけだった。今回も近くに行く予定はなかったので嬉しかったなー。車内は大興奮。写真とりまくり状態(だったのは私だけ)。
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つづいてコンコルド広場。
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そしてエッフェル塔を見ながらセーヌを渡る。手前にアレクサンドル3世橋の金の像が見える。あの橋も前回Jちゃんとやたら何度も渡り、当時パノラマ写真てのがありましたがあれでお互いに写真を取り合った橋です。なんだかすごく懐かしい。
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そんな風にきゃあきゃあしながらホテルに到着。2人旅って楽しかったんだなあ。パリはいつも1人だったからなんだか新鮮。

1枚目の写真に写っていますが、パリのタクシーは住所をカーナビに入れて発車するのでなんとなく安心感がありますね。60何ユーロかで到着しました。

ホテルに入ると、フロントデスクに座る男性がすぐに私たちとわかってくれ(日本人はきっと私たちだけだったのかな?)すぐに荷物を預かってもらい、Free WiFiのパスワードをもらってすぐに現地に住む友人にメール。今日のお昼は早速彼女も合流して豪華ランチなのだ。

ここまで怖いくらいに予定通り。

つづく
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by fumiko212 | 2011-10-22 20:22 | -パリ(2011/10) | Trackback | Comments(2)

パリへの道

18年前(!)、はじめてパリに行ったときは友達との2人旅でした。そのときと同じ友人Jちゃんと久々の海外2人旅、パリに行こうよ!と盛り上がったのが去年のGW。こういうことは勢いづいたときでないとなかなか実現しないもので、その時点では夏休みの予定がお互いにわからず、夏休みの予定がわかった頃になんとなく実現を模索したものの諸々折り合いがつかずに一旦中止に。
今年こそ行こうね!燃油代が翌月から値上がりするみたいだから今月中に計画を立てて飛行機を取っちゃおう!と第1回打ち合わせ会を予定していたのが3月11日でした。地震直後は状況がまったくわかっていなかったので待ち合わせ場所である品川に向かう気満々だったのですが、どうも電車が止まっているらしいということでお互いメール連絡も取れないままその会は流れてしまいました。

こうして1回、いや2回、ケチが付いたパリ旅行計画。今年も流れることになりそうだなあと半分諦めていたのですが、なんとなく復活して飛行機を探すことに。それが5月の中頃だったかなあ。Jちゃんは直行便希望だったので選択肢は大してないし、私の都合で日程は限られてるしで思ったより高いチケットしか見つけられず、今年も無理なのかしらねえ、、、と思いつつ経由便も一応検索。おずおずと香港経由(但し休みが半日増える)のチケットを提案したところ快くOKしてくれたので(ありがとう~)私にとっても初の試みである香港経由ヨーロッパという長旅を選択することになりました。チケット代はその時点ではAF(往復とも夜発便)利用より5万円以上安くなる感じだった。但し、この香港経由の日程だと現地にいられるのは正味3日という弾丸日程になってしまいました。まあAFにしたところで滞在時間が9時間程度長くなるだけ。5万円、5万円。

そして日程も夏休み中の9月でなく有給休暇を利用する10月に変更。。。大人としてどうなんでしょうか?という日程になってしまったのですが、休めない曜日がある私には仕事に支障がないのはむしろこの日程だったんですー!と声を大にしていいたかったけど、ペコペコ頭を下げてお休みをもらうはめに。(大汗)(支障があっても今度から夏休みにガッツリ休んだ方がいいのかしらねえ。それじゃ患者さんに迷惑かかるってのにブツブツ。。。)いろいろわがままを聞いてもらったけど、その後Jちゃんの会社が節電対応で夏休みが8月の決められた日に集約されたので結果オーライだったとありがたいお言葉。感謝感謝。

それにしても、18年前、社会人3年目でそこそこ会社の様子がわかっていたとはいえ、ツアー代の安い11月の終わりというわけのわからない時期に1週間ぶち抜きで休んで(Jちゃんは確かそういう制度が会社にあったけど、私は普通の有給休暇を5連続取得したに違いない。あ、祭日絡めて4日だったのかな?)9日間パリに行った私たち。今の若者に比べて空気の読めていないことよ。というか、やっぱりおおらかな時代だったんだなあ、と思ったりもします。心の広い(というかその辺も空気を読めてなかったのか。)当時の上司、同僚の皆さんに改めて感謝です。だって、あの9日間はすっごくいろいろ見られて、それは今ではできないと思いますから。

こうして紆余曲折あったパリ計画ですが、その後私がグズグズしててホテルがギリギリに決まったり、直前に成田-香港が欠航になって別の便に振り替えられたり(香港でマンゴープリンは諦めた)とバタバタしつつ出発の日になりました。

事前に「私は2度とやらない」と友人に脅されていた香港経由。結果的にどうだったかというと、やっぱりできればやりたくないかなあ、という感想でした。幸い行きも帰りも定時運行で余裕の乗り継ぎでしたし、香港空港の乗り継ぎはわかりやすく、ロストバゲージもなく、すべて順調だったのですが、ホテルを出てから家に帰るまできっかり24時間というのはあまりにも時間がかかりすぎたように思います。特に帰りは長く感じた。でも、キャセイの快適さは捨てがたいな、という思いもあり。そんなにいろんな航空会社を利用したことがあるわけではないのですが、私の経験では20年位前に乗ったカンタスと同じくらいに快適だったかもと思います。CAの人たちは程よく丁寧(そこが米系と違うんだな)で親切、アルコールは無料だし、機内は静かでした。あと、ブランケットが良かった。ニット素材みたいなもので静電気が起きにくく滑り落ちにくいのが良かったです。こういうちょっとしたことで過ごしやすくなるものですね。何でも食べる私ですが機内食だけはどんなにいいと言われているものもダメなので今回もダメでしたけど、これは元々期待してないので減点材料にはならず。そんなわけで、キャセイはまた利用したい。だから、5万も違ったら懲りずにまたやるかも?笑

というわけで、相変わらず前置きが長いですが、3泊6日、18年ぶりの2人組によるパリの旅の始まりです。

つづく
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by fumiko212 | 2011-10-22 19:34 | -パリ(2011/10) | Trackback | Comments(0)

9月に読んだ本

9月がはるか昔に感じる今日この頃。それもそのはず、気付けば10月も半ば。秋が深まるはずだ。その間のパリに行ったりもしたのですが、せっかく毎月アップしてるのでお付き合いください。

9月の1番おもしろかった本は、迷わずこれ。「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」。著者の米原万里さんは既に故人ですが、ご存命中はワイドショーのコメンテーターのイメージが強く、私はコメンテーターという人がどうしても好きになれないのであまり好感を持っていませんでした。(この方のコメントが嫌いというのではなく職種に対する偏見ですのでどういう発言をする人かもよく知らなかった。)思春期をプラハのソビエト人学校で過ごし、その後、ロシア語の通訳として活躍されていた方で文筆家としてもエッセイを中心に多数著していらしたのですね。「不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か」という著作は聞き覚えがありました。
読書メーターのおすすめ本にこの方の別の本が出てきたので、他にはどんな本を書いているのかな?と検索をした中で、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したという本書に興味を持ちました。
プラハのソビエト人学校時代の級友である3人の女性を東西冷戦終結後の90年代に40代になった米原さんが尋ね、子供時代の回想と40年後の再会が情感たっぷりに語られます。
書きたいことはいろいろあるけれど、東西冷戦が終わった後もなお過酷な状況にあった旧共産圏に暮らす級友と再会し、その後戦火にまみれたサラエボに暮らす親友のヤスミンカを案じ続けていた米原さんが56歳の若さで亡くなっている、という事実にも、人が自分の力ではどうすることもできない運命のようなものを感じずにはいられませんでした。ドキュメンタリーであるこの本と対を成す彼女の著書があります。同じくプラハのソビエト人学校を舞台に始まる小説「オリガ・モロソヴナの反語法」。読了が10月だったのでここにはリストアップされていませんが、これもすばらしい本でした。久しぶりに読書の歓びを感じた2冊でした。

■マエストロに乾杯
偉大な指揮者、演奏家達へのインタビュー。古い本なのでインタビュー時期は80年代〜90年代初頭まで。皆若々しい。故人も多く、シノーポリがモーツァルトについて語った言葉が印象に残った。モーツァルトはもう少し後になってからやるつもりと言っていたが亡くなるまでに取り組まれたのだろうか?もし録音があるのならぜひ聞いてみたい。それからドイツ・リートが好きで伴奏がしたいと言っていた内田光子さん。そんなコンサートあったら行きたい。
読了日:09月04日 著者:石戸谷 結子

■パリ 雑貨を探す旅―ブロカント、スイーツ、蚤の市・・・かわいい&おいしいに会いに
パリ 雑貨を探す旅―ブロカント、スイーツ、蚤の市・・・かわいい&おいしいに会いにパリ本いろいろ借りてきてチェック中。これは行ってみたいお店がいくつかあった。といいつつ実際には行かないと思うけど。f^_^;) 地図を見てると、この通りに雑貨屋がまとまってそう、っていうのがわかるのでそれを参考に歩き回るというのがいいかも。タイトルにはスイーツとあるけど、スイーツ情報はほとんどないです。
読了日:09月05日 著者:

■氷舞―新宿鮫〈6〉 (光文社文庫)
氷舞―新宿鮫〈6〉 (光文社文庫)今回は謎の美女江見里に鮫島が惹かれるという話ありき。そのために随分複雑な話にしたもんだ。カード偽造の被害者が江見里だという偶然はちょっと無理やりすぎるなー。しかもそのカードだけが燃やされずに残ってたなんて。しかし12年前の政界再編劇は今の日本の政界を描写しているようでもありゾクッとした。仙田の話は今回も未解決。
読了日:09月10日 著者:大沢 在昌

■嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)
嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)東欧(中欧)という場所は自国に生きるという当たり前のことがすんなりできない場所だった(過去形だと信じたい)。小さなエピソード1つ1つに胸をえぐられるようだった。少女時代のマリとヤスミンカが広場で涙を流しあう場面にはこちらも涙があふれた。リッツァの洞察力、自分の嘘を信じ込んでしまうアーニャ、社会的立場を超えてマリと最も心を通わせていたヤスミンカ。大人になった少女達の運命は子供の頃の彼女たちの振る舞いの延長にあることが興味深く、そして少し恐ろしくもある。東欧に関する書物をもう少し読みたいと思う。
読了日:09月14日 著者:米原 万里

■小さいおうち
小さいおうちなんで読みたいと思ったのか思い出せない位に前に図書館に予約した本。戦前〜終戦を題材にした話とは知らずに読み始めた。今に伝わる悲惨な戦中の状況というのは、タキさんが書くように戦争末期〜戦後の混乱期の短い期間だった、そんなことを伝えたいんだろうか、と読み進めると、最後にまさかのどんでん返し。あの一件で奥様とタキがあそこまでギクシャクしてしまったのも、睦子さんが見当違いな慰めをしたと感じたのも、そういうことだったのかとつながった。淡々としながらも実は濃厚な話だったのだ。
読了日:09月15日 著者:中島 京子

■森見登美彦の京都ぐるぐる案内
森見登美彦の京都ぐるぐる案内恵文社のランキングに見つけて借りてみた。京都案内というよりも、この方のファンの人用の本でした。京大卒の方なのですね。なので左京区中心です。番外として出ていた太陽の塔、やっぱりみに行きたい。それと叡山電車に乗りたいです。鴨川デルタから大文字も見たい。エッセイはつかみどころがなく、読んだそばから忘れてしまった。
読了日:09月18日 著者:森見 登美彦

■旅鞄いっぱいのパリ・ミラノ —文房具・雑貨のトラベラーズノート
旅鞄いっぱいのパリ・ミラノ —文房具・雑貨のトラベラーズノート雑貨屋オーナーさんの本だと思ってたらはなまるのレポーターをされてる方なのですね。本業でなく趣味でここまでよくぞ集めた!と関心しました。短期間の取材でその時売ってたものを集めたのでなく、長年通って集めた本当に好きな大切なものだけが集められた贅沢な本でした。こんなお店を持ちたい、と書いてあったのでいつか実現させて欲しいです。全編カラーならよかったのに。
読了日:09月21日 著者:堤 信子
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by fumiko212 | 2011-10-14 22:15 | 本・雑誌 | Trackback | Comments(0)