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来年のほぼ日手帳

今年も来年の手帳を選ぶ季節になました。
私の今年のほぼ日手帳はかなり白紙が目立ってます。月日の過ぎ去るのが早すぎて何も書けないままどんどん季節が進んでしまって。
私が一年で一番楽しみにしているのは、なんといっても一番まとまって休める年末年始のお休みで、それに向かって一年を生きている感じなのですが、いつもかなかなか近づいてこない年末が今年はすごく早くに近くに迫っているように感じられます。まあ、まだ3ヶ月残ってますけどね。

皆さん、震災の前に自分が何をしていたかって覚えてますか?私の手帳は多分あの日を境にあまり積極的に開かれなくなりました。今、3月11日を見てみると、

地震
歩いて帰った
でも良かったのかな。(会社に泊まればよかったかなという意味で)
会社に
スニーカー
iPhoneの充電できるの、
水、お菓子、1泊分の食料、
カイロ、シップ、マスク、帽子、
リュック、くつ下、防寒具

と書いてありました。

来年の手帳はいらないかなーと思いながら一応ロフトに商品を見に行って結局買うに至ったのは、何故かいつもの私ならきっと選ばないはずのこんなラブリー(ラブリーなんて、いつもなら私は恥ずかしくて使えない言葉だ。笑)なカバーに何故か目が留まったから。花柄こそブルーを基調にしていますが、内側は鮮やかなサーモンピンク!例えピンクはあってもサーモンピンクは絶対にナシなのに。不思議〜。笑
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by fumiko212 | 2011-09-24 20:37 | 季節のうつろい | Trackback | Comments(4)

長生きしたいと思ったコンサート

ひいおじいさんが88歳、祖母が72歳、伯母が今年70歳(もちろん今も元気です♪)、身内で70を超えられたのは3人だけのF家。(これから伯父、伯母たちにどんどん超えていってもらわないと困りますが。)なんとなくあまり長く生きないような気がしている私ですが、今日は長生きしたいと思いました。70歳になってもコンサートホールに行ける身体でいたいです。


響きの森クラシック・シリーズvol.37 ※完売御礼
2009年世界最難関とも言われるハノーファー国際コンクールにおいて、史上最年少の16歳で優勝を果たし、一躍世界で話題となった俊英、三浦文彰が登場。若手音楽家との共演でも評価が高いコバケンこと、マエストロ小林研一郎とのメンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲にご期待ください。

というコンサートを聴いてきました。2009年にハノーファーのコンクールで優勝した三浦君。優勝直後の凱旋コンサートが急遽東京で開催されたのが2009年12月でした。オーケストラは東フィル、コンマスは三浦君のお父上で2人で二重奏もしたのだとか。感動的なコンサートだったようです。行きたいと思いつつ毎年12月はお芝居やコンサートが重なっていたのでパスしたのですが、聴きに行った母が大絶賛大興奮していたので涙が出るほど後悔しました。

オーケストラの公演スケジュールはきっと2年くらい先まで決まっているのでしょう。あれから三浦君を聞くチャンスはなかなかめぐってこないまま月日が過ぎ、今シーズンあたりからようやく国内で頻繁にコンサートが開かれるようになってきたようです。

3月には杉並公会堂に出演するコンサートのチケットを買っていたのですが、それが震災の翌週でした。そのコンサートは中止に。その後、4月にサントリーホールで行われた震災のチャリティコンサートで、1楽章だけでしたが今日と同じメンデルスゾーンを聴きました。そのつややかな音といったら!これはぜひともフルで聴きたい。

そして今日です。今日もオケは東フィルでコンマスはお父様でした。コバケンに促されるようにコンマスとササッと握手した場面では客席から笑いがこぼれました。オケの皆さんも終始笑顔。
演奏が始まるとそんな和やかムードは一変して、若き作曲家の苦悩の世界(というのは私の勝手なイメージですが)を全身で表現。緊張感がぴんと張り詰めた中でどんどん駆け上がっていくような疾走感。身体全体が楽器になっているかのような演奏でした。

あんなつやつやした音がどうして出るんでしょう。私の耳はどうも高音に弱いらしく、女性のソプラノの声やヴァイオリンの高音というのはきれいな演奏であってもたまに辛く感じるのですが、決してまろやかというわけではないのに不思議と耳にやさしい心地よい音でした。勢いがある伸び盛りの音ってこういう音なんですねー。曲と演奏家の年齢やキャリアがマッチしてるっていうのかなあ。この先どんな演奏家に育っていくのかわからないけれど、この年齢でしか演奏できない音が今日聴いた音なんだろな。

休憩を挟んだ後は「シェヘラザード」でお父様のソロをたっぷり。こちらはまた円熟味のある深い音で、年齢を重ねたからこそ出る音というのを実感。

そういえば、4月のチャリティコンサートでは、三浦君のヴァイオリン、小山実稚恵さんのピアノ、堤さんと徳永さんのチェロとヴァイオリン、と続けて聴いて、演奏家の年齢というものがいかに演奏に反映されているのかというのを目の当たりにした記憶がよみがえりました。

そこで、このエントリのタイトルに戻るのですが、三浦君はまだ18歳。例えば彼が50歳になったときにどんな演奏をするのか?これを聴かずに死ねるか!ですよ。70歳まで生きてもまだ40代の三浦君までしか聴けないんだ。ひえーっ。頑張って健康で長生きしなければ。

今日のコンサートはお客さんの雰囲気も良く、昼の公演だったのでアンコールに「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲を聴き、心が洗われるようないいコンサートでした。これでチケット代が3500円。素晴らしい!
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by fumiko212 | 2011-09-23 22:51 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

台風一過

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一夜開けて公園をパトロール。桜の木が根こそぎ倒れてました。
道玄坂でも倒木があったそうですが、昨夜帰りに通った自由通りの柳並木もバタバタ倒れててビビりました。
庭には工事現場の足場と思われるトタン板が。危ないなー。家も人も無事でよかった。
東急線があんなに早く運休になるなんて。ウチは東急が止まるともう帰る手段がないので某然としました。今シーズンはこれで終わりにして欲しいです。

追記
トタン板の行方。母が板を担いでヨロヨロ歩いていたら、ご近所の奥さんが、あ!それあそこのウチのよ!と教えてくれたそうです。さらにそっちに向かって歩いていたら、ウチの裏手に当たるお宅の奥さんが、あ!それウチにも飛んできてるんです!とのこと。工事現場から飛んてわきたのではなかったらしい。
あまり面識のなかったご近所と交流できて、面白かったかったそうです。(弟に運ばせれば良いと言っておいたのになー。)
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by fumiko212 | 2011-09-22 07:39 | Trackback | Comments(0)

ひつじたちのアフタヌーンティーパーティ@コンラッド・東京

我らおひつじ座3姉妹の誕生日シーズンに毎年恒例でアップしていたひつじさん主催のおひつじ座バースデー・アフタヌーンティパーティー。今年はどうしちゃったのかな?と心配していた方はいらっしゃらないとは思いますが、ご安心ください!震災の影響で開催が危ぶまれたものの、律儀なひつじさんが2ヶ月遅れできっちりと開催してくださいました!

今年は汐留のコンラッド・東京、地上28階、浜離宮庭園を眼下に見下ろす、その名もトゥエンティエイトというラウンジで「アメリカン・クラシック」なるアフタヌーンティ・セットをいただいてきました。

b0031055_22491161.jpgドリンクは紅茶、コーヒー、ハーブティ各種の中から何度でも違う種類をお代わりできる方式。実はこのサービスは平日限定なのですが、ひつじさんのご手配により休日にもかかわらずそのようにサービスを受けられるようになっていたのです。すばらしいっ。
ティーカップは白一色でした。写真で振り返ると茶器が白一色というのは初めてでしたね。

さて、お菓子やサンドウィッチがずらっと登場です。手前2列が1人分です。
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スコーンはプレーンとマンゴー&ココナッツ。ジャムは苺とルバーブでした。
ミニハンバーガーもついてきてちゃんとアメリカンしてます。
サンドウィッチはクルミパンとイベリコハムのサンド、もうひとつのサンドウィッチはメニューによると「ブリーチーズ、りんご、クランベリーのサンド、マスタードとアプリコットスプレッド」と書いてあります。美味しそう~。(確かに食べたのですが3ヶ月前のことなので、、、この内容を読めば、きっと美味しかったと想像できます♪)このサンドをアメリカンサイズでガッツリ食べたいっ。
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お菓子類も美味しかった記憶あり。ライムのギモーブ、レモンメレンゲパイ、ニューヨークチーズケーキ(と書いてあったけどそこまで濃厚じゃないです。)、緑のクリームはピスタチオ、そして左隅のチョコファッジ&ラズベリー!この組み合わせ、たまりません。
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アフタヌーンティセットでは最後に甘いものが続いてちょっとしんどくなることもあるのですが、ここのは甘いのになんだかスイスイいけてしまいました。
現在はこちらのラウンジでは「テイスト・オブ・ジャパン」なるアフタヌーンティセットがいただけるようです。和栗のモンブラン、ほうじ茶と生姜のフィナンシェなどこれも美味しそう。

窓の外にはこのようなすばらしい絶景が広がっています。私たちはラウンジ中央の大テーブルを占領しましたが、少人数だと窓際の席でこの景色を眺めながらお茶がいただけますよ。
できれば桜の時期にピンク色に染まる浜離宮を見下ろしながらもう一度リベンジしたいですね!
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ひつじさん、今年もありがとうございました!来年もよろしくお願いしますっ。

過去のひつじのアフタヌーンティはこちら。
2008年 マンダリンオリエンタル東京
2009年 パークハイアット東京
2010年 シャングリ・ラ ホテル東京
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by fumiko212 | 2011-09-18 23:28 | カフェ・レストラン | Trackback | Comments(0)

10年

5年前の今日「あれから5年」というタイトルでブログをアップしてからまた5年も経ってしまった。9月11日という日は毎年どんな風に過ぎていったのか、この5年のことはあまり思い出せない。あまりいいことがなかったようにも思うし、たくさんのすばらしい体験をしたようにも思う。

1週間前に911に関するテレビ番組を放送しているのを偶然目にした。遅い時間でそろそろ寝ようと思っていたときだったのだけれどそのまま最後まで見続けた。
そして、改めて、ニューヨークは私にとって特別な街なのだと思った。

ニューヨーク好き仲間のある友人から、特にこれといった特別に思い入れのあるもの(ミュージカルやオペラなど)がないのになぜニューヨークに何度も行くのか?という疑問を投げかけられたことがありました。返答に困ってしまったけれど、それはニューヨークが私にとって特別な街だから、なのだと思います。ニューヨークに行ってそこに身を置く。それだけで良いのです。

ポール・オースターが2001年10月11日に書いたという短いエッセイがあります。タイトルは「地下鉄」。「ニューヨークにについて自分が愛するもののことを書こう、と思って書いた」のだそうです。私がニューヨークが好きな理由がそこに全部書いてあった。とても好きなエッセイです。

誰にも気兼ねなく、自分自身のままで居られる場所。それは人々がまわりに無関心なのではなく、自分とは異なる多様な人々が隣り合って存在することがごくごくあたりまえに実現している。そんな街の空気がそう感じさせてくれるのだと思います。

少しでも自分と違うところがあると警戒され、時に激しく糾弾されるこの国に暮らしていると、あの空気をたまに胸いっぱいに吸い込まないとどうにかなってしまいそうになる。たまに息抜きに訪れる旅行者だからこんな風に感じているのかもしれないけれど、ニューヨーカーであるポール・オースターのエッセイを読むと、きっと本質的にそういう街なのだと思えてくる。

次にニューヨークに行けるのはいつだろうか。エアーチケットを手配していても、また本当にニューヨークに行けるのだろうか、と心配になってしまう。それまで、いつも心にニューヨークを思って過ごそう。

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by fumiko212 | 2011-09-11 18:18 | ニューヨーク | Trackback | Comments(2)

セザンヌとデュシャン

芸術を理解するときの最大の障害は、分かりたいという「欲求」である。


これは、先月読んだブルーノ・ムナーリの絵本「きりのなかのサーカス」の訳者のあとがきの中で谷川俊太郎さんが引用していたムナーリの言葉。

この言葉そのままのアート体験のお話です。


「近代絵画の父」と呼ばれるセザンヌ。オルセーやMET、数々の企画展で何度となくその作品に接しているのに、その「近代絵画の父」たる所以が今ひとつわからない。セザンヌが好きという友人もいて、どのあたりが好きのツボなんだろうかとわかりたいのにわからない。みんなには見えているもが自分には見えてないんだよな、きっと。と半ば諦めていました。

よく企画展で目にするセザンヌの静物画には「それぞれのモチーフが最も美しく見える角度で描いて画面上に再構築した。」という解説文が添えられています。隣にある静物画は確かにそのように描かれている。でも、ワインボトルやクロスの下からのぞくテーブルの一番美しく見える角度ってなんだ?と今ひとつわからなかった。むしろキュビズムの静物画のほうがパズルを解くような見方ができるので絵の前で何を見ればいいのかの手がかりをつかみやすい。

そんな風にモヤモヤとした気持ちで鑑賞していたセザンヌの静物画と一見よく似た絵を見ました。それは先日訪れた青森県立美術館の常設展にあった青森県出身の画家が描いた作品で、テーブルの上に陶器やら果物やらが意味ありげに転がっているのを描いた油絵でした。これだけセザンヌっぽく設えたテーブルなのに、たったひとつの視点からだけで描かれたこの静物画はどこにも面白みがない。
ああ、そうか。確かにセザンヌはそれぞれの対象が最も美しく見える角度を選んで描き、それらを再構築して1枚の作品を作り上げていたんだ。そこがそれまでの絵画表現とまったく違うところで、実物をそのまま描く以上に美しい空間をつくりだし、なんてことはどうでもよく、とにかくそこがおもしろいんだ。そこがセザンヌの勘所だったんだ!と大納得。
結局はいつも目にする解説文そのままの感想なんですが、いやー、そうかそうか、と私の中ですごく腑に落ちたのでした。

そうなると、セザンヌがもっと見たくて仕方がない。ちょっと先だけど来年3月から新国立美術館でセザンヌ展があるというので、今からすっごく楽しみです。


セザンヌが近代絵画の父ならば、現代美術の革命的なアーティストといえば、便器にサインをして作品にしちゃったマルセル・デュシャン。私はそれを見たのか見てないのかも覚えてなくて、後はMoMAの自転車のタイヤがスツールにくっついてるのとか。アイデア勝負、やったモン勝ちの現代アートの先駆者なんだろうなっていうところ止まりでした。
で、これはわかろうとしてわからないとか、わかろうとしなかったからわかったとかではないんだけど、この1年くらいかけて、あまりデュシャンを意識してない場所でデュシャンの作品に出会うことがつづいて、なんかデュシャンてすごいかも!と思えてきている自分に気付いたのです。

1回目はスコープ作家の桑原弘明さんの個展に行ったときのこと。
いくつかの作品の中にデュシャンをモチーフにした作品がありました。最初に目に付いたのが、室内のチェストの上に置かれたあの便器。ギャラリースタッフの方が、そのほかのモチーフについてもすべてデュシャンの作品がモチーフであることを教えてくださいました。丹精で精密な作品を創る桑原さんと一発屋みたいなデュシャンがあまり結びつかなかったのですが、なぜかそれが一番印象に残った作品になりました。桑原さんにもそのようにお伝えすると、「デュシャンの作品を知っいる人じゃないと、何で便器があるの?って思われちゃいますよね。」と嬉しそうに笑っておられました。
家に帰ってからそのほかのモチーフがどんな作品を題材にしたものかを調べたりして、あれは桑原さんがデュシャンが好きという気持ちがあふれた作品だったんだと益々あの作品の印象が強くなりました。

2度目は新国立美術館でやっていた「陰影礼讃」という企画展。「陰影」をテーマに、古今東西の作家による絵画、版画、写真、立体などあらゆる作品が展示されていた中に、天上から吊り下げたデュシャンのレディメイド作品(便器と同じように市販品をそのまま作品としたもの)にライトを当て、その影を楽しむというコンセプトの展示がありました。この展覧会自体が非常におもしろかったのですが、その中でも1、2を争う印象に残った展示でした。例の自転車の車輪もあったと記憶しています。影を楽しむという視点をもらっただけで、その面白みが感じられた。

3度目がつい最近まで森美術館でやっていた「フレンチ・ウィンドウ展」。何の予備知識もなく、チケットをもらったので見に行った展覧会でした。森美術館の展覧会は大抵そうなのですが、何の予備知識も持たずに行ってもいつもすごく楽しめる。森美術館が、というよりも現代アートがそういう分野なのかもしれませんが、展示や解説も的確なのだと思います。
さて、この展覧会。これも展示自体がとてもおもしろかったのですが、出品作は過去10年間の「マルセル・デュシャン賞」の受賞作品ということでした。あらゆるジャンル、あらゆる素材、あらゆるタイプの作品が集められていてどれも他に2つとないオリジナルなものばかり。個性的で奇抜なんだけど、不快感、嫌悪感に訴えるというあざとさがなく、全体的にどことなく品がある。その源流となる作品として冒頭に展示されていたデュシャンの作品の数々。これが私の中では決定打になりました。

デュシャンおもしろい。もっといろいろ見たい。ということで、今はすごくフィラデルフィア美術館に行きたいのです。


こうしてめでたくまたひとつ、ふたつとアートの扉が開いたのでした。


"分かりたいという「欲求」"から自由になるのは本当に難しい。でもその欲求にとらわれながら見続けたことで、こんな風にいくつかの偶然が重なってアートを見る新しい視点を獲得できたのだから、何事にも無駄というものはないのだなあ、とまた貧乏性的な感慨を持ってしまう。半ば諦めるくらいまでわからないと思い続けたのも必要な道だったように思えてならないのです。
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by fumiko212 | 2011-09-05 22:31 | アート | Trackback | Comments(0)

8月に読んだ本

1ヶ月経つのは早いもので、また読んだ本のまとめです。今月もみんなおもしろかった。読書メーターのコメントは文字制限があるのでいつも書きたいことを書ききれず、せめてほぼ日手帳に書いておけばいいんだけどそれもしてなくて、でもそれぞれ印象に残ってます。

「本屋の窓からのぞいた京都」は京都にある本屋さん(雑貨コーナーやギャラリーも併設)が出した京都案内。この本の中から見つけた本も読んでます。先月アップしたムナーリの絵本や「ブックストア―ニューヨークで最も愛された書店」がそうなんですが、どちらもそれぞれにとてもいい本でした。

「ブックストア」は下のコメントにはろくなこと書いてませんが、ニューヨーク好きにはぜーったいにおすすめ。現代アメリカ作家をほとんど知らない私でもすごく楽しめましたから、そのあたりのジャンルが好きな人にはもっとたまらないと思う。
Books&Co.という伝説の書店とその女性オーナーにかかわりのあった人々へのインタビューをつなぎ合わせて、この書店がいかにして伝説といわれるようにったのかを浮き彫りにするという手法もいい。後の有名作家が、学生時代に旅行で訪れたニューヨークでこの書店の2階のソファに座って本を読みふけったとき、、、と語られるエピソードに心が揺さぶられ、そこからは一気に読み進みました。この書店の名物だったそのグリーンのソファは今もどこか他の州の図書館で本に囲まれているという記述に再度胸が熱くなったり。
この書店が廃業に至る原因のひとつは大型書店の台頭だったわけですが、今ではそのバーンズ&ノーブルやボーダーズも姿を消しつつある(んだっけ?)というのにも時の移ろいを感じます。

久しぶりに読んだ原田さんの本は、97年6月のニューヨークを旅したエッセイ。Books&Co.が閉店したのが97年5月。やはり、私が肌で感じた通り、Books&Co.のような店が存在し続けられなくなったニューヨークは、それ以前とは別の街になったのかもしれません。それでも、そんなニューヨークも、そして911以降のまた別の顔を見せている今のニューヨークも、どれも好きなんだなあ。ずっと変わってない部分がちゃんとあるからなんだろうな。
近頃益々ヒステリックになる日本に疲れきってしまった私は、そろそろニューヨークの空気をたっぷり吸いたいなあ、と彼の地に思いを馳せる日々です。

本屋の窓からのぞいた京都 ~恵文社一乗寺店の京都案内~■本屋の窓からのぞいた京都 ~恵文社一乗寺店の京都案内~
たった一度しか行ったことのない恵文社。その一回で大ファンになった。東京だともっと細分化されてしまうんだろうな。だから好きなものの周辺にある知らなかったものとも出会いが少なくなってしまう。恵文社ではその周辺+もう半まわりくらい外側までが隣あって置いてあるから本の森の奥深くにどんどん迷い込める。この本も同じく。次の京都訪問が楽しみだ。それまでは紹介されていた本に当たっていこうと思う。
読了日:08月02日 著者:恵文社一乗寺店

■チェロ、こころの旋律
パキパキした文章に真理さんの人柄がにじみ出ている。それは彼女の演奏スタイルにも通じているんだろう。忙しく飛び回るアンサンブルメンバーに振り回されて辟易としながらも、いい音楽が作れるとその全てを忘れてしまうというくだりが良かった。欄外に真理さんによる作曲家、演奏家についての解説、お勧めの楽曲紹介があり見逃せない。早速聴いてみたラヴェルのピアノ三重奏は面白かった。音楽愛好家が最後にたどり着くのは室内楽なのだとか。最近、室内楽を聴くことが増えていたので嬉しかった。
読了日:08月05日 著者:藤原 真理

クウネルの旅 パリのすみっこ■クウネルの旅 パリのすみっこ
旅本はパラパラ見るだけであまりじっくり読まないことが多いけど、この本は読み物として面白く、すみからすみまで読んだ。行ったことのあるビストロが3軒も出てたのが嬉しかった。どこも美味しかったから、この本に出てる別のお店も期待できるということ。メモってから返そう。
読了日:08月10日 著者:

無間人形―新宿鮫〈4〉 (光文社文庫)■無間人形―新宿鮫〈4〉 (光文社文庫)
晶が偶然犯行グループの手の中に入ってしまうってとこがちょっとマイナス。2時間ドラマで、一般人の主人公の身辺でやたら殺人事件が起こる的な展開でいきなりしらけた。あと昇が切れものという設定なら進がホステスに売られてることに気づかないのもなー。糸井さんが4作目くらいで読まなくなったというのに納得してしまった。突っ込みながらもハラハラしつつ一気に読みました。そして続きも読みますよ〜。
読了日:08月13日 著者:大沢 在昌

ブックストア―ニューヨークで最も愛された書店■ブックストア―ニューヨークで最も愛された書店
お金持ちのお嬢さんの道楽記みたいでなかなか乗らなかったけど、最初のパートナー、バートと決別したあたりから俄然面白くなった。はじめてNYに行った95年にはまだ存在していたんだな。次の98年は街の雰囲気がガラッと変わっててびっくりした思い出がある。観光客の私には安全になって大助かりだったけど、確かにそれと引き換えにNY的な何かが決定的に失われたのかもしれない。クリスマスのウィンドウを見てみたかったな。
読了日:08月25日 著者:リン ティルマン

炎蛹―新宿鮫〈5〉 (光文社文庫)■炎蛹―新宿鮫〈5〉 (光文社文庫)
ここまで読んだ5冊の中で一番好きだった。鮫島を妨害する内部の圧力というここまでお約束がなく、代わりに甲屋という魅力的なバディが登場。消防の吾妻、新宿署のメンバーも今回は皆協力的だった。負のオーラで鮫島を際立たせるというパターンに飽き始めそうなタイミングでこの設定。やるなあ。未解決で終わっている仙田の件はこの先の作品で解決するのかな?
読了日:08月28日 著者:大沢 在昌

ハラダ発ライ麦畑経由ニューヨーク行 (新潮文庫)■ハラダ発ライ麦畑経由ニューヨーク行 (新潮文庫)
著者が旅したのは97年6月のNY。ゲイパレードと遭遇した98年のNYを思い出した。著者が見たNYの最もNYらしいところ、それは取りも直さずNYerの姿だった、てとこにすごく共感。ほとんどのコラムがニューヨーカーについて書かれている。放っておいてくれる優しさ、居心地の好い孤独、そうそう、そうなんだよねー。ああ、早くニューヨークに行きたいっ。
読了日:08月31日 著者:原田 宗典
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by fumiko212 | 2011-09-02 21:27 | 本・雑誌 | Trackback | Comments(0)