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推定50年の歴史を閉じた出来事

以前にこのブログに少し書いたことがあるのですが、今シーズンで父の代から引き継いでいたN響定期会員を退会しました。
私が物心ついたころには父が席を持っており、母の話では結婚前の父は兵庫に赴任していた時期があり、多分そこから東京に戻ったころから会員だったのではないかとのこと。となると、おおむね50年程前だったのではないかと思います。(その頃から定期会員制度があれば、ですが。)
父が現役だったころはS席を2枚(母は結婚以来約15年間は介護と子育てに明け暮れ、父も静岡にいた時期がかなり長かったので、席を持ち続けるためにかなりの枚数のチケットが無駄になったと思われます。いつか母と2人で聴きに行けるようになる日のために2枚買っていたのだと思われます。)、セミリタイアと同時に3階席に場所を移して2席、父の死後1席に減らして細々と会員を続けてきました。D席の年会費は26000円程度で、決して払えない金額というわけではないのですが、父の死後13年の月日が流れ、母は2時間座席に座り続けることが困難になり始めているということもあり、今シーズンでピリオドを打つことにしました。
最後の定期演奏会は先週の土曜日でした。ロシアの作曲家の曲をそろえたプログラムで、その中の1曲、チャイコフスキーの交響曲第4番は先日ニューヨークフィルの演奏を聴いたばかりの曲でしたので、私が聴きに行くことにしました。

1曲目はリムスキー・コルサコフ 組曲「サルタン皇帝の物語」という曲。指揮のアシュケナージさんは客席の拍手が鳴り終わるか終らないかの内に振り始めるのですね。スネアドラムとトランペットのファンファーレで始まるこの曲をそんなにいきなり振るものだから、一瞬ばらついてしまったような感じがしました。そんな少し不安定な状態で導入部が終わり、弦楽が細かくリズムを奏でる部分に入ると、その不安定感が瞬時にぴたりと収まりました。これがN響の力なのだと実感。

2曲目はグリエールというソビエト時代の作曲家によるホルン協奏曲。昨年のベルリン・フィルに続きホルン協奏曲を聴くチャンスに恵まれました。金管楽器に分類されながらも、音はむしろ木管楽器に近く、木管五重奏に加わることもあるホルン。けれど、トランペットやトロンボーン以上に金管らしいギラギラした音も出るこの楽器は、協奏曲でソロを担当するのにすごく向いている楽器なのかもしれない、というのも去年知ったことでした。ソリストの演奏もそれを支えるオーケストラも素晴らしく息の合った演奏だったように思いました。オーケストラの中でソロを担当する木管楽器のソリストもそれぞれ素晴らしい。特にクラリネット!良かったなー。つくづく私の耳はまろやかな音が好きなのだなあ。

後半はチャイコフスキーの4番。ニューヨーク・フィルで聴いた時の印象がまだはっきり残っていたので、聴き比べも楽しめました。N響はとっても端正なイメージ。ロシア貴族(がどういうものかよくわからないけど)なイメージ。NYフィルはもっとギラギラした感じだったかなー?どっちかを選ぶとしたらN響が好きかもなーと思いました。日本人の私にしっくりくるのはこっちだなと。NYフィルの時は2楽章の終わりだったかですでに大拍手だったりして、とにかくはじけまくってた印象があります。あの場ではあれがすごく良かったんだった。あの時は私の気持ちもアメリカ人だったってことで。笑
なんというか、N響は寡黙なマスターがハンドドリップで淹れたコーヒーで、NYフィルはでっかいマシンで蒸気で一気に抽出したコーヒーみたいな。(なんだそのたとえは?)どっちがいいとかでなく、どっちもおいしいし、どっちを飲みたいと思うかもその時によって違う。それはオーケストラの違いなのか、アシュケナージさんとアランの違いなのかも不明だけど。
あ、これもどうでもいい話ですが、問題の第3楽章(楽章通して弦楽はピチカートのみ)、N響は皆さん弓を置いて演奏していました。(NYフィルは弓を持ったまま演奏。)弓を譜面台に置いている人もいれば膝の上に置いている人もいて、なにかの拍子にバタン!と落ちないのか?とか松脂で服が汚れないのか?とか気になってしまった。

いい演奏だったのだけれど、1つだけどうしても気になったのがトライアングル。なんか遅れていくんだよなー。そう思って帰りに団員リストを見ていたら、パーカッションは男性の名前が2人。トライアングルは女性が担当していたからきっとエキストラだったのですね。親戚に別のオーケストラの団員の方がいるのですが、「最近は正団員を採らずにエキストラばかり増えるから演奏がまとまらなくて困る。」とおっしゃっていたことを思い出しました。
クラリネットとファゴットのソロは本当に素晴らしくて、N響の木管チームのアンサンブルがあったら聴いてみたい。

こうして、私にとっての最後の定期演奏会は幕を閉じ、私は名残惜しさに会場を出るときにもう一度ステージを振り返って心の中で「ありがとう」とつぶやいていました。最後の最後に、N響って素敵な演奏をするオーケストラだな、としみじみと実感しました。

来シーズンからはAプロの枠にとらわれず、3つくらい演奏会をピックアップしてチケットを買えたらいいな。NYフィルみたくCriate3+みたいなチケットの買い方ができたらいいのに。(シーズン中に3つ以上のコンサートのチケットを買うと割引がある。)
休憩時間に「フィルハーモニー」を見ながら選んだ3本は、10月のB、12月のB、1月のA、次点で5月のB。5月のAのチューバ協奏曲っていうのも気になる!これからN響との新たなお付き合いが始まるのだ。
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by fumiko212 | 2012-06-12 01:06 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

Youtube動画クリップ

何かの動画を見るとついつい続けてあれこれ見てしまうYoutube。気になった動画をここにクリップ。

最初は、グスターボ・ドゥダメルとエルモの楽しいトーク。Stupendous!という言葉を私も覚えた。パペット相手でも指揮にキレがあるな~。笑


今度の発表会でやる曲を聴こうと探していて見つけた動画。東フィル主席奏者さんたちによる弦楽四重奏。震災直後にアップされたようです。他にも同じメンバーでメッセージ付きの動画が数曲アップされていました。先生に72にするといわれてヒーヒー言ってる私たちですが、この動画の演奏をメトロノームで測ったら102くらいでした。この曲はこうやってシャキシャキ音を出すとかっこよいのですね。72でも暖房要らずの無酸素運動状態なんですけど、ハタから見るとのったりのったりしてるんだろうなあ。プチ情報としてボッケリーニはチェリストだったのだそうです。


最後は1984年アップル社がMacintoshを発売したときのTVコマーシャル。恵文社一乗寺店店長 堀部篤史さんの村上春樹「1Q84 」についての書評の中で紹介されていた。最後のテロップにある"1984"とは、もちろん村上さんの「1Q84」のことではなく、1948年に出版されたジョージ・オーウェルの小説「1984年」のことなのだそうだ。そういえばまだ読んでなかった1Q84と1984をセットで読もうと思った。図書館の予約待ちがBOOK3だけまだ500人以上だからもうちょっと経ったらね。

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by fumiko212 | 2012-02-08 11:22 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

音楽との出会い

父が持っていたN響A定期の定期会員席、この先もずっと引き継いで持ち続けるつもりでいたのですが、先日母と相談して今シーズンで手放そうと決めました。その分、自分たちが行きたいコンサートに都度行けばいいんじゃないかと。

今日、HDに撮りためてあったN響アワーを見てその気持ちがやや揺らぎ始めてます。
聴いたのは以下のプログラム。

アヴネル・ドルマン作曲「フローズン・イン・タイム」(日本初演)
パーカッション:マーティン・グルービンガー
指揮:ジョナサン・ノット
管弦楽:NHK交響楽団

昨年2月のB定期での公演録画でした。作曲されたのは2007年。本公演のソリストであるパーカッショニストのマーティン・グルービンガーの委嘱作品として作曲された曲なのだそうです。彼のテクニックあってこその作品に仕上がっているのだとか。パーカッションはもちろんすごかったけど、N響もすごく良かったです。さすが。そして曲も素晴らしく、指揮者もよかったんだと思います。生で聴いてみたかった。

このプログラムはB定期なので今回はテレビで聴いたわけですが、たとえば事前にこのコンサートが目についたとして、果たしてチケットを買ってまで聴きに行くかというと確実に買っていないと思う。というか、目にもついていなかったわけだし。

今まで私の印象に残っているコンサートのいくつかは自分で買ったチケットのコンサートと同じくらい定期演奏会のチケットで聴いたものが含まれているように思う。N響ではサヴァリッシュさん指揮のベートーベン7番。このブログにも書いたがその時に初めて聴いた。2004年11月のことだから、きっとTV版のだめ以降のようにあちこちでこの曲が演奏されるようになる前の話だ。タン・ドゥンという作曲家を知ったのもデュトワさん指揮で日本初演の曲を聴いたのがきっかけだった。ホルスト・シュタインさんを聴いたのも定期だった。N響以外でも東京交響楽団の定期演奏会(これも一時期まで父の席を引き継いでいた)では井上道義さんの斬新な演出のカルミナ・ブラーナや、大雪の中やっとの思いでたどり着いたガラガラのサントリーホールで聴いたマタイ受難曲、まだ20代だったエマニュエル・パユを聴いたのも定期演奏会だった。
こう書いていくと、もしかして定期演奏会で聴いたコンサートの方が優勢かもしれない。

もしかしたら自分の未熟な趣味嗜好で選ぶチケットでしかコンサートを聴かなくなってしまったら、未知の音楽との出会いはぐっと減ってしまうのかもしれないなあ。すべての演奏会を聴けるわけではないのだからそんなこといちいち考えなくていいのかもしれないけれど。とりあえず来年のプログラムが来たらもう一度相談して決めようと思います。

b0031055_20281259.jpgところで、マーティン・グルービンガーというパーカッショニスト、すごかった。写真は作曲家ドルマンのHPから拝借したもので、香港での演奏風景。このコンチェルトのための楽器のセッティングです。
youtubeでこの曲を演奏しているところがないかなと探してやっと見つけたのがこれ。4分20秒から始まります。

どこかで演奏を聴く機会があったらぜひ生で聴いてみたい。
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by fumiko212 | 2012-01-09 20:31 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

東京文化会館

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郵便局に来たら、東京文化会館50周年切手が売っていました。
50年経っても第一線の音楽家のコンサートが開かれる現役バリバリのホールって他にはないのでは?
一番最近聞きに行ったのは、昨年参加した合唱団、第九を歌う会の皆さんが出演した第九と皇帝のコンサート。3階席最前列にもかかわらずステージの1/3が見切れるというのが微妙ですが音はバッチリでした。
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by fumiko212 | 2011-12-23 12:18 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

"Cello Christmas" with the 12 Cellists of the Berliner Philharmoniker

先日のエントリで紹介したベルリン・フィルのファミリーコンサート、英語吹き替え版がすでに公開されているようです。
Youtubeにアップされていたトレイラーをどうぞ!


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by fumiko212 | 2011-12-19 21:40 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ベルリン・フィルのファミリーコンサート

先ほどまでデジタル・コンサート・ホールでライブ中継されていたベルリン・フィルのファミリーコンサート、ご覧になりましたか?
今年はベルリン・フィル12人のチェリストたちをフィーチャーしたプログラム。
サンタ帽を被ったチェロケースが両脇に並ぶ(チェロケースってこんなに人っぽかった?笑)ステージにチェリストたちが勢ぞろい。司会は昨年に続きホルン奏者のサラ・ウィリスさん。もちろん演奏もなさいます。
中盤で白い衣装にきらめく雪の結晶を付けた子供たちが自作の色とりどりのチェロを携え登場し、ショスタコーヴィチのワルツに合わせて踊ります。最初から最後まで笑顔になった顔がそのままで見ていました。子供たちが作ったチェロを見て、ちょっと泣きそうになった。
数日後には英語版がアーカイブに公開されるそうです(そこだけ英語で言ってました)ので、ぜひご覧になってください。このコンサートは無料で視聴できます。(調べていませんが、後日もしばらくは無料で見られると思います。)

下の画像は北京のホールで行われたリハーサルの様子。本番では客席の子供たちが結構にぎやかなので、音はこちらのほうが良いくらいでした。ショスタコーヴィチのワルツ、チェロでできるんですね~。きっと、今はまだできないんだろうけど、いつかやってみたい。


12月のファミリーコンサート、昨年はウィンド・アンサンブル+チェレスタ+コントラバスによる「くるみ割り人形」でした。この時も白い衣装の子供たちが舞台いっぱいに登場してかわいらしいダンスを披露してくれました。なんと、このコンサートは今でも無料で視聴できます。こちらもぜひご覧になってください。コンサートとしてはこちらのほうが楽しめるかな?

子供のための《くるみ割り人形》
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by fumiko212 | 2011-12-04 01:55 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

終演後のお楽しみ♪

フワフワした気分でホールを出る前に化粧室へ立ち寄ったところ、最後列の札を持った係りの人が見えた。ん?これはもしかしてサイン会とかあるの?てことで当然並びましたよん♪
CD購入者が対象ということで(毎回思うんですが、あれってチェックしてないですよね。手ぶらで並んでもお咎めなしな気がする。。。)フルートのエマニュエル・パユの聴きたかったCD(この時テレビで聴いたカルメンが入ってる。)をゲット。最近、こういうときしかCD買ってない気がする。

その前に、客席を出たところに今日のホルン協奏曲を作曲された細川先生がおられて、サインをもらっているお兄さんがいたのでその横にヒタヒタっと近づいて行ってちゃっかりサインをいただいてしまっていたのでした。ええ、そのお兄さんの持っていたサインペンを拝借して。お兄さんにこれだからおばちゃんは、、、と思われただろうなあ。すいません、すいません。

本日のサイン会に登場してくれるメンバーは、ホルン奏者のシュテファン・ドールさん、コンマスの樫本大進さん、クラリネットの首席奏者の方(お名前わからなくてすみません。)、フルート首席奏者のエマニュエル・パユさんという豪華メンバー。パユのCDしか買ってないけど皆さんにサインしていただけるのです。素敵。

最初にホルンのドールさん。先ほど細川先生にサインしていただいたホルン協奏曲の解説が書いてあるプログラムのページに一緒にサインしていただこうとそのページを差し出すと、あれ?というお顔をされ、「おお、俊夫のサインだね。」とにっこり。「えへへそうなんです。」と私もにんまり。
次は大進さん。お若い方なので「大進君」と呼んでいましたが、この日の全ステージを通してのコンマスとしてのお仕事ぶりに感動し「大進さん」とお呼びしたいと思いました。
そうそう、そうなんです。先日、NHKの「名曲探偵アマデウス」という番組で、コンマスはどういう風に仕事をしているのか、という特集があって、コンマスの仕事について非常にわかりやすく解説してくれていたので、今回はコンマス大進さんにも注目しながら聴いていました。演奏が始まる前の短い時間に笑顔で各パートとアイコンタクトし、演奏中はラトルの指揮の概念を体を使ってオーケストラに伝えていく。例の音がばらけたときもパッとコンマスを見てしまったのですが、さっと体を起こしてオーケストラ全体に自分が見えるようにしているかのように見えました。これも私の妄想かもしれないけど。
唯一日本語でお話しできる方なので、興奮冷めやらぬ状態で「今日の素晴らしさを体験してベルリンに行く決心がつきました。」と思わず言ってしまいました。(「聴きに行く」と付け加えなかったので、は?というお顔をさせてしまいましたが、、、)
プログラムにサインをしていただいたのですが、さらにもう一つiPhoneの裏にもサインをいただきましたよ。「え?いいんですか?もったいない。」とおっしゃっていましたが、実は先日NNHのサイン会の時に隣でiPhoneに小曽根さんのサインをもらっている人がいてすっごくうらやましかったのです。すでに4sが入荷しているという連絡を受けていて3GSを持ち歩くのはこの日が最後だったのですが音楽の魂を入れてもらったような気分です。さらには4sを黒にしてしまったことをすっごく後悔しました。これじゃあサインしてもらえないじゃん。
いや、お時間を取ってしまってすみません、という感じでお次はクラリネット奏者の方。その前でもたもたしてたので、さっとプログラムを持っていかれてサインされちゃって自分が後からプログラムを追いかける感じに。汗
パユさんにもその流れでプログラムにサインが入りましたが、CDも持っていたので「CDもね」とサインしてくださいました。パユさんにも「ベルリン行きますから!」と思わず言ってしまった。「待ってますよ。」とにっこりと言ってくださる。「題名のない音楽会」の時のままの気さくそうなお話しぶりでした。

というわけで、ミーハー心も十分に満たされて、今度こそホールを後にしました。こんな話まで書いてすいません。

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by fumiko212 | 2011-11-27 21:09 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ベルリン・フィルの姿

休憩を挟んでブルックナー9番。
曲については何も書けないので、目で見て耳で聞いた私の印象に残っていることを書きます。

この曲で一番好きなフレーズは第2楽章で何度か繰り返される短い休符に続いて始まるオーケストラ全体が同じ旋律、リズムを力強く刻む部分。ここがかっこよくてすごい好き。ここを聴くのが一番楽しみだった。
予習で聴いていたウィーンフィルのCDでは微妙にトロンボーンらしき金管楽器がリズムに乗りきれてないのが気になってた。ベルリンフィルはどんなふうなのかしら。。。

曲が始まると冒頭の大迫力のあのメロディーを超えたところで、すでに第1ヴァイオリンの弓の毛が切れてひらひら舞っているのが目に入った(それも2人も)。
先々週のチェロレッスンで、近頃話題のチェロ2人組のことを先生が話されたのだけど、弓の毛が切れるのはかっこいいことでもすごいことでもないので真似しないでね、切れるってことは余計な力を入れすぎて音は乱れているということだから、というようなアドバイスがありました。あれにあこがれておかしな方向に行っちゃわないでね、ということでおっしゃったのだと思います。チェロ2人組の方たちはパフォーマンスとしてわざとあのような演奏をしていると思うので、弓の毛が切れるなんてダメな演奏だ、という意味でもないとは思うのですが、それでもググッと力が入った時に起こる現象だということ。
第1楽章のあの重ーい歪んだ音を出すというのは音が割れてしまうギリギリのところまで力を入れてるんだなあ。ベルリンフィルであっても。

そんなことが頭をよぎりつつ、曲は2楽章へ。いよいよだ。私のワクワクは最高潮。
休符の後の入りは、聴き手側もぐっと力が入る緊張があるのだけれど、楽章の中で4回繰り返されるこの部分の2度目に私の耳でもわかる乱れがありました。多分、管楽器と弦楽器だったと思うのですが、2つの音が休符の後バラバラッと早く入ってしまったんです。あ、いかん!という感じで私が焦ってしまった。ベルリンフィルでもこんなことあるの?むしろこの程度はOKなの?と思ったのですが、やはりよくなかった様子。オーケストラがここでビクッとなったように感じました。ここから先は二度とあってはならない、という気迫の表情が第2ヴァイオリンの最後列まで伝搬していて、オーケストラの気持ちがギュッと凝縮されたように感じました。(全部私の妄想かもしれませんが。)その時のラトルは平常心のままのように見えた。3度目の同じフレーズの入り、休符の後、オーケストラが一斉に息をスッと吸い込む音がそれまでよりもずっと大きく聞こえ、その瞬間にたくさんのことが私の胸に迫ってきた。

ベルリンフィルといえば、指揮者をもビビらすプロ集団。最近では佐渡さんが定期公演を指揮したときのリハーサルを取材したドキュメントが公開されましたが、佐渡さんサイドから見たベルリンフィルは泣く子も黙るという感じで、とにかく指揮者を値踏みしてダメと判断されたら次はない、というような切羽詰まった雰囲気。安永さんの対談でも、指揮者がダメだと楽団員たちがリハーサルの休憩時間などにコンマスに「何とかしてくれ」と言いに来るそうで、そこである程度調整してもダメとなると団員たちはコンマスを見て演奏を始めるらしい。すると演奏がよくなっていくという。これ、気の弱い指揮者が読んだらもう指揮台になんて上がれませんよ。

そんな話を見聞きして、ベルリンフィルはどんな曲でもスイスイとできてしまう人たちなんだろうなと思っていると、一方で団員たちへのインタビューで構成されていたドキュメント映画では、彼らは一様に毎回すごいプレッシャーで押しつぶされそうだという。自分はいつこの集団から脱落してしまうんだろうか?どんなに練習しても安心できない。といつも恐怖におびえているようなことを言っている。

このギャップはなんなんだ?

3年前の来日公演を聴いた人たちが書き込みしてるのをmixiか何かで読んだときに、あまり良くなかったと書いている人が少なくない人数いて、中にはそもそも日本なんかでベルリンフィルは本気出さない、と書いていた人もいた。まあクラシックマニアの人たちはすんごくいい耳を持ってCDとかも聴きこんでいるのだろうから、そういうことなのかしらねえと感じたりもしたけど、今回自分の耳と目で確かめて確信したことは、たとえベルリンフィルであっても生半可な集中力ではオーケストラの演奏というのは成り立たないということ。もしそのような気持ちであの場にいたら、聴衆には気づかれなかったとしても隣に座る仲間に気づかれてしまう。そんなことしたらこれから先仲間の信頼や尊敬を失ってしまうことになる。その恐怖をだれよりも知っているのが彼ら自身なんだ。

鬼気迫る集中力を目の当たりにして、天才がさらに生半可でない努力をし、それでも全身全霊をかけて集中しなければ振り落とされてしまうという恐れを持って存在している。それがベルリンフィルの本当のすごさなんだと。私は本気で感動していました。

その短い休符の後に続く旋律は完璧に同期し、オーケストラが一つの楽器になってリズムを刻んでいた。
(去年の第九の練習で先生が何度も「指揮に合わせようとしたらだめだ。」とおっしゃっていたのは、つまりはこういうことだったんだというのも本気で理解しました。)

そこからは、音楽の中に客席も飲み込まれて一つのうねりになっていき、第3楽章は頭でぐるぐる何かを考える瞬間もなく音楽の中にひたすらに身をゆだねていた記憶しかありません。

すべての演奏が終わって会場を後にする私の頭の中には、次はベルリンのフィルハーモニーで彼らの演奏を聴かなければ、という決意がありました。

彼らは私にとってのスーパースターであり、音楽の神様に愛された人であり、そして生身の人間だった。それを自分の目と耳で確かめることができて本当によかった。
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by fumiko212 | 2011-11-27 18:17 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

至高の時間が訪れた

ホールに入ると、さっきまでやたら目についたブランドバッグの人たちは気にならなくなっていました。そっか、ここはB席だものな。
実はチケットを購入した時は相当ぶーたれてたこのB席、その後この席じゃいやだ、という思いは払しょくされていました。というのは、藤原真理さんのエッセイを読んだ際にサントリーホールで彼女が好きな席としてあげていた場所がその私のB席だったから。その席がどういう席かということが書いてあり、その良さを私の耳で感じられるかという不安はあるものの、それこそ最高のプラシーボ効果が得られそう。さらにはコンサートの途中に思い出したのですが、かつて父がN響定期のBプロで持っていた席が確かこの辺りだったと言っていたことを思い出しました。いつも、すごく面白い席なんだと自慢していて、そうか、父も真理さんのエッセイを読んでこの席を買ったのかもなあと思ったりしました。

この日はコンサートの前にユニセフのセレモニーがありました。ドイツの子供たちが東北の被災地の子供たちに宛ててメッセージ、絵画、俳句などを贈ってくれたそうで、それらをまとめた本の贈呈とユニセフからベルリン・フィルへの感謝状の贈呈式が行われました。この時点でステージ上には楽団員が登場していたのですが、ふとテレビ画面の中で何となく顔を覚えていた団員の方々が目の前に、、、ということに気づいて、まるでロックスターか映画スターを目の前にしたファンのようにキャー!とテンションが上がっている自分に気づきました。ホント、私にとっては彼らはスターなのだなあ。いやー、興奮してきた。

セレモニーが終わり、一度ステージを降りたラトルが登場。何のためらいもなく1曲目のラヴェルが始まりました。そしてすぐに、この席が真理さんの言うとおりの席だと実感。1つ1つのパートの音がものすごくクリアに聞こえてきます。ああ、真理さんありがとう。読んでいなければそんな風に聞こえなかったと思う。オーボエとイングリッシュホルンの音がとてつもなく美しく響いてる。木管の音が素敵だ。、私のいる場所だとあっちこっちが気になって曲を塊として聴けていない気もして、ふとラトルを見ると、おお、すごい、オーケストラが1つの楽器になっているってこういうことなのか、と思えたり。いやもう忙しくワタワタしているうちにあっという間に1曲目が終わってしまって、何を舞い上がっておるのだという状態。でも、この後の席の移動やらを待つ時間で少し落ち着けました。

さて、いよいよ問題のホルン協奏曲が始まります。解説によると、ソリスト以外のホルン奏者2人とトロンボーン1、トランペット1が客席に散って演奏するとのこと。2階のLC、RCのバルコニーのところにホルンが1人ずつ、LA、RAのドアの前にトランペットとトロンボーン奏者が立っています。「開花の時」というタイトルがついたこの曲は蓮の花の開花を表現しているのだそうで、オーケストラが水面を、ソリストが花を表しているのだそうです。ピアニッシシシモ(?)の弦のハーモニクス(多分、、、)のロングトーンで曲が始まりました。その瞬間に会場の空気がガラリと変わりお客さんの集中力が急速に高まっていくのがわかりました。オーケストラの集中力がすごい。それが客席にもビシビシ伝わってくるからこちらも背筋が伸び、全身でその音を受け止めようとする。
以前読んだN響オーボエ奏者茂木さんのエッセイに、演奏会の成功はオーケストラだけがどんなに頑張っても得られるものではなく、その演奏を客席が受け止め返すことで演奏がよりよくなっていく、とありました。そういう空気が生まれつつあるのが肌で感じられました。
私がこれまでホルンという楽器に持っていた印象も大きく変わりました。うねるような音を出すソリストと、2階席バルコニーから聞こえてくる派手なギラついた音は、それぞれが同じ楽器とは思えない違った色をしていました。ちょっとサックスに近いような音色に感じた部分もあったり。その音の応酬を聴いていると、クラシックというよりはむしろジャズっぽく聞こえるような場面もありました。いいぞいいぞという感じ。
このままどこまでも続いていきそうな激しくうねった音楽が再び静かな弦のこすれる音とともに収束していく最後の部分は、夢から覚めるていくような覚醒の時間を経て、再び現実の世界に戻っていきます。しばらくあの世界にとどまっていたいという思いを残しながら。
普段はあまりないのですが、音楽を聴いていて、目の前の空間に何かが見えてくるような体験をすることがあります。この曲を聴いているときも、一つの空間作品を体験したような、確かに何かを見ていたような、不思議な感覚が残りました。
ラトルがゆっくりと手をおろし、オーケストラが楽器をおろすまで客席は微動だにせず見守っていました。
本当に素晴らしい体験だった。
日本の客も本気出すとすごいんだ、と誇らしかった。それはやはり日本の作曲家の作品だったということも大きいように思いました。なんというか、皆さんならこの世界わかるよね、うんわかるわかる、かつて見た世界のように思う、というやり取りがあったような。多分私の思い込みだけど。
そして、偉大なマエストロであるラトルも、世界最高峰の演奏家集団であるベルリン・フィルも、この曲の世界を再現することにひたすらに忠実であり真摯であったように思いました。それは作曲家だけが描いたヴィジョンなのではなく、それが全員に共有されて意志を持って再現されていたような。
演奏が終わって、客席後方から作曲家の細川さんが舞台に招かれ、オーケストラを含めた会場中の称賛の拍手が沸き起こりました。その時私は心からこの偉大な芸術家に「ありがとう」という気持ちで拍手を送っていました。
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(写真は公式ブログから拝借しました。すいませんっ。)
さて、休憩を挟んで、最後の曲、ブルックナーの9番です。 つづく
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by fumiko212 | 2011-11-26 01:19 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

3年分の思いを胸に

このブログでベルリン・フィルについて初めて書いたのが2008年11月のことでした。
テレビでベルリン・フィルの演奏とは知らずに聞いたオーケストラの演奏に心を奪われたあの日から3年の月日が流れたこの11月に、やっと、やっと、ベルリン・フィルの音楽を生で聴く日が訪れました。

3年前のあの日、プラシーボ効果なしには音楽の良し悪しなんてわかんないだろうなーという私の耳でもその良さを聴きとれたのがうれしくって一気にファンになりました。
その後もテレビやラジオでコンサート中継をやっているのを聴いたり、デジタル・コンサートホール(インターネット中継)の無料視聴でいくつかの定期演奏会を聴いたりしてベルリン・フィルの音楽に接してきました。夢中になって聴きまくっているというほどではなく、折に触れて、という程度でしたが。
演奏以外にもドキュメント映画を見たり、元コンサートマスターの安永徹さんの対談集を読んだり、その安永さんの演奏会やベルリンフィル12人のチェリストたちの演奏会に行ったり。さらには、あのコンサートで見た8本のチェロとソプラノ歌手で演奏されたヴィラ・ロボスのブラジル風バッハ5番の素敵さにそれまで漠然としていたチェロ習いたい思いが臨界点まで達してしまいチェロまで習い始めちゃった。そうやって小さくいろんな変化が起こっていたこの3年でした。こうして外堀はかなり埋まってきていたんですが、やっぱり本丸は遠い。

震災直後のラトルからの日本へのお見舞いメッセージの中で11月には日本公演を行うというコメントがあって、それでも自分は行けないような気がしてた。チケットを取るのも大変そうだし、チケット代はきっとすごく高いだろうし、、、と。
詳細が発表になると思った通りの高額チケット。今となっては高いけど不当に高かったとは思わないけど、1回のコンサートに数万円というのは私の金銭感覚ではどうしても尻込みしてしまう。
そうこうしている内に販売各社が優先エントリーを受け付け始めたので、選べる席種の中で一番安かったB席にエントリーしてみた。本当に絶対に行きたければ、一番席数が多いS席にエントリーするんだけど、まあ取れなきゃそれで諦めつくし、むしろ取れなくてもいいやという気持ちが半分。案の定、チケットは全部落選して、一般発売当日。これもダメもとでインターネット販売のサイトにアクセス。まあつながらないだろうなと適当にいじっているとB席が1枚だけ出てきた。3万円も出してそこですか?という場所。どーしよっかなあと保留にしているつもりだったら、どうもそれは購入確定ボタンを押した後の画面だったらしく、結局チケット購入していた。そんなこんなでかなり消極的な感じでチケット入手。

それでも、自分なりに行きたいプログラムの日を購入しました。演奏するのは3曲でラヴェルの短い曲と細川俊夫さんという日本の現代作曲家のホルン協奏曲の日本初演、そしてブルックナーの9番。
ブルックナーの9番は、丁度その3年前にサービスが始まったデジタル・コンサート・ホール(ベルリン・フィル定期演奏会のライブ・インターネット配信サービス)のプロモーション映像で流れていて、何度も何度も聴いて耳になじんでいた曲。さらに日本初演のホルン協奏曲というのも魅力的。以前も書きましたが、在京オケの定演に行っていると日本初演の楽曲を偶然に聴けることがあるのですが、そういうコンサートは印象に残ることが多く、いつもいいもん聴いたなーと思えていた自分を思い出していました。もちろん、予習できない知らない曲を聴くというリスクもあるのですが。
などとかっこよく(もないか、、、)書いてますが、コンサートホール前の広場に着いた私は全然前向きじゃなく、最近では珍しい趣味の悪いブランド物のバッグを持った人がやたら多いことが気になって仕方なかったです。やっぱ、こういうコンサートは金持ちの道楽なんだろうか、、、なんて思ったりして。

いや、でも、この日本初演の曲がツアーのプログラムに入っているというのは私にとってはかなりうれしい材料だったことは事実です。

以前にデジタル・コンサートホールで見た定期演奏会の中で印象に残っているプログラムがあります。
ひとつはウィントン・マルサリス率いるジャズ・アット・リンカーンセンター・オーケストラと共演したコンサート。アンコールではオケ団員も即興演奏に加わって大ジャムセッションになったすごいコンサートでした。
それからもうひとつ。これは実は全編通して視聴してはいないのですが、ピーター・セラーズ演出による超斬新なマタイ受難曲。客席まで使って演奏者が動き回りながら演奏をしている、まるでストレートプレイのお芝居を見ているようなクールな演奏会で、これ時間があったら全編見ようと思っていたことを思い出しました。

そういうコンサートを見るたびに、やっぱり地元で定演を聴いてこそのベルリン・フィルなんだなーと思っていたのです。こういうのも演ってしまうのがベルリン・フィルの懐の深さ、かっこよさ、私がベルリン・フィルかっこいいと思うポイントです。
でも、そういったプログラムを海外ツアーに持ってきてくれるということはあまりないんじゃないかな、と思っていたのです。(実際はどうだか知らないですけど。)

これくらいグダグダ考えないと行く決心がつかないくらい、私にとっては高いチケット代でした。

さて、いよいよ演奏会が始まります。 つづく
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by fumiko212 | 2011-11-26 00:08 | 音楽 | Trackback | Comments(0)