MAKOTO OZONE TRIO featuring CHRISTIAN McBRIDE & JEFF "TAIN" WATTS@ブルーノート東京

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去年、唯一聴いた小曽根さんはこんな豪華なトリオでした。ご一緒したMさんとも話したのですが、こんな風にリラックスした演奏をする小曽根さんを聴ける機会ってあまりないよねっていう貴重な機会でした。

Mさんに教えてもらった話では、近年、米国でジャズミュージシャンを取り巻く環境は厳しく、ジャズはすでに過去の音楽になってしまっているそう。ニューヨークであってもジャズミュージシャンが演奏できる場所はどんどん減っていて(確かにそうですよね。この10~15年で観光名所にもなっていたようなお店がいくつも閉店しました。)今やビッグネームであっても演奏活動だけでは食べていけないような状況なのだとか。そんな寂しい背景があって、このトリオの日本ツアーが実現したのかもしれません。
来日した2人ともが「日本ではミュージシャンをミュージシャンとして観客がリスペクトしてくれる環境がある。そういう観客の前で演奏できて光栄だ。」と語っていました。

ところで、ここ数年、小曽根さんを聴くたびに思うことがあります。それは、1人の演奏家を聴き続けるおもしろさ。その思いが年々増してきています。
私が聴き始めたときの小曽根さんはすでに40歳近くで輝かしいキャリアを確立されていましたし、リアルタイムでは全キャリアの半分も聴いていませんけれど、CDでさかのぼった分も含めたらもう少し長い期間の演奏に触れてきました。その時々で小曽根さんが表現した音楽、取り組んだ音楽、その積み重ね全部があっての今の演奏だと思うのです。
そして、これもすごく関係あると思うのですが、歩みは遅いながらも聴き手としての自分の成長もある。自分の耳が成長することで、または自分の耳の成長ではついていけなくなって、いつしか聴かなくなってしまうミュージシャンだって少なくないことを思うと、これって本当に奇跡だと思えてくる。つまりは聴き手の耳を育ててくれる音楽こそ、ずっと効き続けられる音楽なのだということ。小曽根さんの音楽はいつでも聴き手としての自分の行き先を照らしてくれているのだ。進化し続けながら決してそのルーツを否定せず、過去を糧にして未来に歩み続ける音楽だからなんだろうと思う。

私の場合はたまたま同時代を生きているある演奏家だったけれど、それがある1曲の交響曲だったり、ある時代の偉大な作曲家、演奏家、指揮者だったり、自分が演奏することだったり、いろんな道標があるのだと思う。そういう出会いをできた音楽愛好家は本当に幸せだ。私も幸せ者だと思う。
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by fumiko212 | 2013-01-10 22:41 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
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