芸術の秋週間② No Name Horses@大田区民ホール アプリコ

b0031055_2057986.jpg先週の土曜日、久しぶりの小曽根さんを聴いてきました。どの位久しぶりなのか自分でも思い出せずに振り返ってみると、どうも昨年末のオーチャードホール以来だったようです。1年近く小曽根さんを聴いてなかったのか…。
今回も大好きなNo Name Horsesで登場。「ラプソディ・イン・ブルー」とタイトルがついています。もう数年前になりますが確かオーチャードでNNHのすごいかっこいいラプソディ・イン・ブルーを聴いた記憶があります。あれをまた、というか彼らのことだからもっと進化した、もしくはもっとすごいことになってるラプソディ・イン・ブルーを聴けることになりそうだ、とワクワク。

(長文になってしまったので前半の感想は後ろに回します。)

後半はラプソディ・イン・ブルー1曲勝負という構成でたっぷりと。えーっと、途中でまだ続いてるよね?というような、かなり、かなーり自由なラプソディ・イン・ブルーでした。曲が終わって、小曽根さんが「ガーシュウィンはこのアレンジ聞いたらどう思いますかね?」という問いに、三木さん、片岡さんが「喜んでるんじゃないでしょうか?」と答えた後、中川さんが「怒ってるんじゃないですか?」と笑いを取っていましたが、どっちでしょうねー。笑

この曲の一番好きで一番ドキドキするのはなんといってもオープニングのクラリネットのソロ。あのメロディを聴くとニューヨークの夜明けが思い浮かびます。(きっとウディ・アレンの「マンハッタン」のあのシーンの影響ですね。)ニューヨークに滞在していると時差ぼけで夜明け前に目が覚めてしまうことがあります。そんなとき窓から外を眺めていると、摩天楼のシルエットと空の境目がオレンジ色に染まり始め、やがてもうここからは朝だという瞬間が訪れる。街が目覚めるあの瞬間のメロディだと思っています。そう思うと、この曲自体がニューヨークの1日の時の経過のようにも感じられます。

そのオープニングがどんなアレンジだったかというと、最初の低音は岩持さんのバスクラリネットで始まり、そして岡崎さんの吹くクラリネットに引き継がれるという形で演奏されました。これ、前回はこんな風じゃなかったと思う。オープニングからそう来たか!とワクワクしっぱなしでした。

後日Twitterで三木さんのツイートを読んでいたら、「No Name Horsesでツイートを検索するといろんな感想を読めておもしろい。厳しい意見もあるが、そういうのこそ参考にしたい。」というようなコメントがあり、私も検索してみました。確かに、あれはダメだという意見もあって、本来ない休符が入っているとか、へぇ~と読みましたが、そんな風にあの音楽を聴いていた人はなんだかかわいそうというか、もったいない聴き方してるなあ、と単純に思ってしまった。
かくいう私も、先日あるコンサートでチャイコフスキーのピアノコンチェルトを聴いたとき、木管がバラバラッ、バラバラッと入るのが気になって気になって気持ち悪くて、それだけが理由というわけでもないのですが後半を聞かずに帰ってきちゃったということがあったけど、それを言ったらNNHの管だって常にピタリと揃ってるわけじゃないし、、、つまり、音楽って何が正しいというのはなくて、聴き手の気持ちなんかも半分くらい入ってるんじゃないかなあと思えてくる。

どっちにしても、この時間がずーっと終わらなければいいのになあという時間だったことは確かです。本を読んでいて、この物語がずーっと終わらなければいいのに、と思うことがありますが、それが音楽だとこうなるんだ。聴き終わったとき心から満足していました。

今週の通勤時間は、自分の好きなビッグバンドを集めたプレイリストをずっと聴いていて、その中にラプソディ・イン・ブルーも入っていました。久しぶりにこのプレイリストを聴いたので入れていたこと自体を忘れていたのですが、聴き始めていろんなことを思い出した。その録音は、指揮 マイケル・ティルソン・トーマス、演奏 コロンビア・ジャズバンド、ピアノ ガーシュウィンのピアノロールというもの。なぜこれが入っているかという話、長くなりますが書きます。

もう10年以上前の話ですが、父が他界してからしばらく経った頃、ある音楽雑誌の方から父宛に電話がかかってきました。セールスでもなさそうなので用件を聞くと、以前父がその雑誌に投稿した文章を読者の投稿をまとめた別冊に収録したいのでその了承を得たい、との問い合わせでした。父は亡くなったが、家族の同意でよければどうぞと伝え、また、父の書いたものを読んでみたいのでもし良かったらそちらにある父の投稿を送ってもらえないかとお願いしてみました。その方は快く了承してくださり、掲載誌と父が送った葉書をわざわざ探してくださり、丁寧なお手紙をつけて送ってくださったのです。その雑誌はクラシックの様々な楽曲について読者が選ぶ名盤のランキングとランクインした録音について読者が投稿した紹介文がいくつか掲載されているという内容で、父の投稿もいくつか載っていました。(担当の方がわざわざ探して付箋をつけて送ってくださいました。)その中の1曲がラプソディ・イン・ブルーの上に書いた録音でした。それならそのCDが家にあってもおかしくないのですが、父の死後、親戚やご友人の方たちが我が家を訪ねてくださった折に、父のCDを差し上げたりしていて、最終的には200枚くらいが人手に渡りました。その過程でどなたかの手に渡ったのか、このCDは残っていませんでした。幸い、この録音が結構メジャーな録音だったのか、その後、近所の図書館にあったので無事に私のプレイリストに入ったのでした。

昨日の朝、その録音を聴いていて、ガーシュウィンは怒るどころか「こんな風に演奏してもらいたいんだよ!」と思っているに違いないと確信。オーケストラで聴くラプソディ・イン・ブルーよりもむしろNNHに近いような気さえする。

このエントリを書くのに当たって、ついさっき父の投稿をもう一度読んでみたら、、、「最近お上品になりすぎた演奏が多いが、このCDでは、もともとはいかに素朴で、いきいきとした活力にあふれたものであったかを教えてくれる。」だって!父、わかってるやん!

というような後日談までできてしまったのでした。

終演後は久々のメンバーの皆さん全員によるサイン会があり、ずらっと並んだメンバーの皆さん一人一人に握手までしていただきながらサインをいただき、それから、去年の年末にNYフィルの「ボレロ」(ラヴェルの)を聴いてからずっと小曽根さんに伝えたかったこと、「NNHでボレロやってください!絶対かっこいいと思うんです。」と伝えられて、(小曽根さんに「ボレロってラヴェルの?ああ~、いいかもね。うん、いいかもね。」と2回言ってもらった♪)もう何から何まで大満足なコンサートでした。

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(前半の感想)

席が遠かったのでスピーカーを通しての音だったのが残念でしたが、久々のNNHの音を満喫。そういえば、去年だったかBNTで録音してたビッグバンドスタンダードを集めたライブ録音CDは今年発売されてたのですね。前半はその中から。
そして、今回のツアー12ステージあるそうですが、ホーンセクションのメンバー12人が日替わりで小曽根さんとデュオ、もしくはカルテットで演奏するコーナーがあり、この日はアルトサックスの近藤さんでした。反射的にラッキー♪と思ったのですが、よく考えたらアンラッキーの人はいないし、むしろあの人もこの人も聴いてみたい。エリックさんとか、三木さんとか、バリトンサックスの岩持ちさんとか…。
近藤さんは以前のコンサートで聴いたNNHのオリジナル曲Portrait of Dukeのセクシーなソロが印象的で(この人はきっと悪い人だと思わせるかっこよさだった。笑)ソロが楽しみな方でした。なのでやはりラッキーなのでした。今回の演奏は心に染み入る様な憂のある優しい音色。アルトサックスの音っていいですね〜。でも、もっと素敵だったのは話が飛んでアンコールでのことになりますが、バンドの皆さんが演奏しながら客席に降りてきた時すぐ近くを近藤さんが通られて、瞬間聴こえた生音の美しさといったら!これはぜひとも狭いところで聴きたい!と思いました。

あ、でもスピーカーで良かったこともあって、いつもはホーンセクションの音にかき消されそうになる小曽根さんのピアノが小さい音までクリアに聴こえたこと。もう5年くらい前になりますが、B&Sのかぶりつき席で聴いて頭がぼーっとしてしまった体験をありありと思い出すような夕日にキラキラ光る水面の様な音がしていました。
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by fumiko212 | 2011-11-03 01:18 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
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