ピアニストの贈りもの~辻井伸行・コンクール20日間の記録~

先ほどまでNHK教育で放送されていたETV特集「ピアニストの贈りもの~辻井伸行・コンクール20日間の記録~」を見ていました。非常に心を動かされた番組だったので、ちょっとここに書いておきます。

番組は全盲のピアニスト辻井伸行さんがアメリカ・テキサス州フォートワースで行われたヴァンクライバーン国際ピアノコンクールに挑戦した日々を取材したドキュメントで、取材したのはNHKではなく、アメリカ人音楽プロデューサーということでした。

辻井さんがテキサス入りしたところから取材は始まります。
辻井さんとそのスタッフは現地のホストファミリー宅に滞在していました。ピアノが2台置いてある部屋があり、食事から練習環境まで、出場者を一般家庭でサポートするという体勢が整っているようです。これが、辻井さんサイドが準備した環境なのか、コンクール出場者すべてに与えられている環境なのかは見逃してしまったのですが、このようなサポート体制が確保できていることにまず驚きました。

コンクールの優勝者には3年間の世界演奏ツアーがサポートされるというチャンスが与えられます。そのため、審査ではテクニックだけでなく、将来性、スター性など、プロの演奏家としての素養が評価の対象になります。

最初の課題は3時間以内で自由にプログラムを組みピアノ曲を演奏するリサイタルです。その結果セミファイナルに進む12名が選ばれます。

セミファイナルではアメリカ現代作曲家のピアノ曲のほかに弦楽四重奏との室内楽の演奏が課題。ここではピアノのテクニックだけでなく、アンサンブルを作れているか、弦楽アンサンブルとのコミュニケーションが取れているか、という点も重要な審査基準になります。
リハーサルでは若手ピアニストに弦楽奏者から演奏についての提案がなされます。それらをいかに柔軟に取り入れるかも審査のポイント。
リハーサルに与えられる時間は90分に限られており、その中で曲の解釈を弦楽奏者と合わせていく必要があるのですが、辻井さんの場合は、通訳、ピアノの先生の助けを借りてアンサンブルと意思疎通をしなければならず、さらに彼が盲目なので弦楽奏者はタイミングの合わせ方の確認をしていく必要があり、曲の解釈の部分までコミュニケーションを進めることができないままに時間切れとなってしまいました。
審査には弦楽奏者も加わり、コミュニケーション能力やアンサンブル能力についての意見が出されます。辻井さんの演奏については、やはりコミュニケーションの難しさから深い部分でのアンサンブルまではたどり着けなかった点が指摘されたものの、本番では非常によい演奏となり、最終的にはコミュニケーションの壁は感じなかったという評価でした。

ファイナルに残ったのは6名。ファイナルではピアノコンチェルトの演奏が課題に含まれます。
リハーサルではやはり指揮者とどうタイミングを合わせるかという問題が起こりますが、マネージャーから彼は指揮者の呼吸を聞いてタイミングを合わせることができる、と指揮者に伝えられ、大きな障害はなくなりました。本番の演奏後の指揮者のインタビューでは、「彼は素晴らしい耳を持っている。それがわかったら、目が見える演奏者とよりもコミュニケーションにかかる時間は短かった。」と語っていました。

弦楽アンサンブルの時もそうでしたが、共演者は盲目のピアニストと演奏することに最初は戸惑いタイミングの合わせ方の確認を入念にしたがるのですが、辻井さんはあまり心配していないように見えました。そして、本番後には共演者もそれが杞憂だったことを口にしていました。耳からの情報で音楽上のコミュニケーションが成立することを知っている辻井さんとの演奏を通して、共演者も「聞く」というコミュニケーションが本番の演奏では大切だということに気づいていく、という場面が非常に印象的でした。

コンクールで金賞を受賞したのは辻井さんと中国の19歳の青年の2人でした。
才能ある若者達の演奏は時にはなっぱしの強さが感じられるものですが、辻井さんの演奏にはそういったところがなく、作曲家と対話し素直に表現しているように感じられ、将来性を重視するこのコンクールの受賞者にふさわしいものでした。

そして、私がもうひとつ印象に残ったのは、このコンクールにかかわる人々の姿でした。
例えば、12名のセミファイナリストと共演した弦楽四重奏奏者、6名のファイナリストと共演したオーケストラと指揮者。出場者それぞれを公平に、そして最高の演奏ができるようサポートするのは並大抵のことではないと思います。
辻井さんのホストファミリーや出場者のリサイタルの観客達、フォートワースの人々が、若者が世界に出て行く道を開くこのコンクールが開催される町であることを誇りに思っているところも素晴らしかった。

コンクールを勝ち進む出場者は観客の反応に鼓舞されてさらに力を発揮し、成長していくように見えました。むしろ、そういう部分も評価の対象になるように感じました。辻井さんの最初のリサイタルでは観客の反応は素晴らしかったものの、プロの批評家からは個性が感じられないと辛口の批評を受けていました。それでも彼は最後に優勝した。
著名な審査員を揃えればいいコンクールになるのかといえばやはりそうではない。このコンクールはフォートワースの観客の存在なしには成立しない。そう感じました。

以前から私が思っていたことがあります。上質な観客であることも音楽にかかわるひとつの方法だと。それは評論家顔負けの批評をする観客である必要はなく、かといって何でもブラボーでもなく、自分の耳を信じて音楽を聴くことなんじゃないかな、と思うのです。そしていい演奏には最高の拍手を贈る。次の演奏会を聴きに行く。それが音楽家へのサポートのひとつなのではないかと思います。





クラシックマニアだった父は、在京オーケストラの5つの定期演奏会のシートと、それ以外にもたくさんのコンサートチケットを残して他界しました。もしかすると父もそんな風に思ってコンサートに通っていたんじゃないか、と思います。私がクラシックを聞くきっかけは父の残したコンサートチケットだったので、生前は父と音楽のことを話す機会はほとんどありませんでした。でも、音楽を解して、時を越えて、父のことを少し理解できるような気がします。
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by fumiko212 | 2009-11-23 01:25 | 音楽 | Trackback(1) | Comments(4)
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Tracked from What's up, L.. at 2009-11-28 01:13
タイトル : ETV特集「ピアニストの贈りもの〜辻井伸行・コンクール2..
NHK教育テレビで放送されたETV特集「ピアニストの贈りもの〜辻井伸行・コンクール20日間の記録〜」の録画をようやく見ることが出来ました。辻井伸行さんが視覚障害というハンデを持ちながらこのコンクールで優勝したのは日本でも大きく報道され、一時期はラフマニノフのコンチェルト2番ばかりを耳にする日々したが、彼の演奏の素晴らしさはわたしがここで語るまでもないので他に気づいた点をいくつか挙げていきます。この番組で初めて知ったのがヴァンクライバーン国際コンクールには辻井さんともう一人の優勝者がいたということ。中国...... more
Commented by さちえ at 2009-11-26 01:31 x
トラバ失敗したのでこちらに。
室内楽、良かったですよね。
最初は緊張感がありましたが、本番はとっても自然な明るい演奏で素敵だったと思います。
出場者に与えられた快適な環境(ホストファミリー)もこのコンクールならではだと思います。
少なくともチャイコやショパンコンクールよりは恵まれてそう(笑)
他の出場者の演奏をもう少し聴きたかった気もしますが、Youtubeとかで上がってないかな?
Commented by yuricoz at 2009-11-27 12:26
すごい見れば良かった!!と思ったと同時になんだか大満足してしまいました。
そして、素晴らしいお父様!!
うちには、祖父が少し聞くぐらいで誰もいなかったな~クラシックマニア。。。
今、また楽器で話せるのでは、、、きっとお父様は喜んでいますね♪
Commented by fumiko212 at 2009-11-27 23:10
さちえさん
偶然見た番組だったのですが、すごく引き込まれました。
正直、演奏よりもコンクールのあり方に感心しながら見てました。
若い才能を伸ばす、と言うのも音楽にとって重要なことで、それをたくさんの人がサポートしているというのが好ましかったです。
そのサポートをいい感じで力にできるというのも辻井さんの才能なのかなーなんて思いました。
他の出場者にもそれぞれドラマがあるんでしょうね。イタリアの女性が「最後のコンクールになると思う。」と言っていたのも印象的でした。
Commented by fumiko212 at 2009-11-27 23:12
yuricoさん
NHKが取材していたらまた違った描き方になったのかもしれないですね。第三者的立場のアメリカ人が撮ったというところも良かったのかなと思います。
父の話のところも読んでくださってありがとうございます。父がいたら、下手なチェロを聴かされてきっと嫌ーーな顔をするに違いないです。笑


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